静岡県富士市内にある吉原駅~岳南江尾(えのお)駅の全長9・2㎞を結ぶ岳南(がくなん)電車。2014年の「日本夜景遺産」認定を機に、「夜景電車」の本格運行を開始した。じわじわと人気を集め、19年に特別ダイヤによる「ナイトビュープレミアムトレイン」の運行をスタート。予約がすぐに埋まってしまうほど盛況で、乗客数の回復にも貢献している。
乗客数増には岳南電車を広く知ってもらうことが必要
5、4、3、2、1、消灯―。カウントダウンとともに車内照明は非常灯を残し消される。電車内はほのかな非常灯と外から差し込む明かりだけになる。「五感を研ぎ澄ませながら、夜景の旅をお楽しみください」と乗務員のガイドが流れ、電車は静かに走り始める。これは静岡県富士市にある岳南電車が、特別ダイヤで運行する貸し切り夜景電車「ナイトビュープレミアムトレイン」出発の一幕だ。
「この辺りは製紙工場をはじめ、いろいろな業種の工場が集積しています。岳南電車はその間を縫うように走っていて、車窓から昔懐かしい夜の風景が見られます。それを観光資源として生かそうと始まったのが、夜景電車です」と説明するのは同社鉄道部主任で運転士も兼務する本多功典さんだ。ナイトビュープレミアムトレインのガイド役も務めている。
夜景を楽しむ観光電車の取り組みは2011年にスタートした。同社の母体は岳南鉄道で、もともと沿線の工場を結ぶ幹線として開業したが、製紙産業の縮小などで12年に貨物輸送が廃止になり収益が悪化した。ピーク時には年間500万人以上を数えた乗客数も、一時は約67万人まで落ち込み、旅客輸送だけでは事業を維持できないため、13年に鉄道部門を岳南電車として分社化。市の支援を受けて存続しているが、廃線の危機感は以前からあった。
「富士市は県内で3番目に車の所有台数が多い車社会なので沿線在住でもない限り、岳南電車に乗ったことがない人がほとんどです。乗客数を増やすにはまず、岳南電車のことを知ってもらうきっかけが必要だと考えました」
「日本一暗い夜景」を売りにして乗客の満足度向上を図る
そこで着目したのが鉄道夜景だ。富士山周辺地域でまち歩きイベントを開催しているボランティア団体、富士山博覧会・フジパクからの声掛けで、暗闇に浮かぶ工場のライトアップや昭和レトロな駅舎などを楽しむ企画を11年2月に実施した。参加者の反応が良かったため年1回の開催が決まり、PRに力を入れた。そのかいもあり、14年に一般社団法人夜景観光コンベンション・ビューローが制定する「日本夜景遺産」に、鉄道で初めて認定された。本多さんは夜景観光の知識を仕事に役立てるため、同法人が主催する夜景観光士の資格を取得し、すぐに「夜景電車」の本格運行に取り組んだ。
ところが、周囲の反応は冷ややかで、「電気を暗くした電車に誰が乗るんだ」といった反対意見が社内の大勢を占めていた。また、乗客からも「(夜景が)全然、明るくない」と苦情が寄せられたこともあった。
「工場夜景といえば、強い照明に照らされた工場のシルエットが浮かび上がり、未来都市のような趣をイメージしがちです。それと比べれば、確かにこの沿線の工場は明るくはありません。しかし、『日本夜景遺産』に認定された際、むしろ『日本一暗い夜景を売りにすればいい』と助言されたことをヒントに、昭和のノスタルジックな風景や、夜でも富士山が見えることを紹介するなど、ガイドの話術でお客さまの満足度を上げる工夫をしました」
さらに風景だけでなく、窓を開けて風やにおいを感じてもらう、踏切の警報音の違いを聞き比べてもらうなど、五感をフル稼働して楽しめるように企画をブラッシュアップするよう試行錯誤したところ、乗客の反応も好転。SNSによる口コミ効果も手伝って予約は増えていった。
好評を受けて19年に仲間入りしたのが、ナイトビュープレミアムトレインである。夜景観光士のガイドによる途中下車ミニツアーが盛り込まれ、オリジナル駅弁や記念品も用意されている。意外なことに当初から女性客の参加が多く、最近では外国人の申し込みも増えていて、毎回盛況を博しているという。こうした取り組みにより電車の乗客数も徐々に回復し、この5年で約9万人増となった。
新たな企画を繰り出して何度でも乗りたい電車に
現在、夜景電車は月2回、ナイトビュープレミアムトレインは月1回のペースで運行され、毎回ほぼ満席と好調を維持している。しかし、「同じことを続けていてもやがて飽きられてしまう」と本多さんは表情を引き締める。同社はさらなる集客を目指して企画営業チームを立ち上げ、新たなイベントを企画している。線路の保守・点検作業を行う気分が味わえる「ナイトウォーク」(現「徒歩巡回」)や、終電後から始発まで電車内で過ごせる「ナイトステイ」などだ。また、昼間の乗車も楽しめるように、全駅から富士山が見えるという強みを生かして、各ホームにビューポイントを設置するなど、さまざまな工夫を凝らしている。
「今まで多くの人に支えられてきました。特に励みになったのは、『お金がないなら、今あるものを資源として生かしなさい』というアドバイスです。今後も『また乗りたい』と思ってもらえる電車にしていきたい」と本多さんは意欲をのぞかせた。
会社データ
社名 : 岳南鉄道株式会社/岳南電車株式会社
所在地 : 静岡県富士市今泉1-17-39
電話 : 0545-53-5111
HP : https://www.gakutetsu.jp/
代表者 : 橘田昭 代表取締役社長
設立 : 2013年
従業員 : 28人
【富士商工会議所】
※月刊石垣2023年6月号に掲載された記事です。
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