化石エネルギーからの転換を図り、持続的な環境維持のために脱炭素社会を目指すGX(グリーントランスフォーメーション)が世界的に加速している。特に日本は、世界に先駆けて水素エネルギーの研究・活用が進んでおり、民間企業の取り組みも注目されている。
水素を脱炭素実現の有力候補の一つと位置付け実証研究を推進
東京都に東京本社を置く三浦工業。国内シェアトップ(同社調べ)の小型貫流ボイラをはじめとするボイラ事業を中心に、ボイラ開発で培った熱・水・環境技術を発展させたアクア事業、食機(食品加工機の製造販売)事業、軟水事業(家庭用軟水器の製造販売)など11事業を展開している。カーボンニュートラル(CN)への関心が高い同社は、水素をはじめ、多様な取り組みを進めている。
水素はCNを実現するオプションの一つ
ボイラはコンビナートや工場、オフィスビルなどさまざまな場所で使われている。そのボイラのリーディングカンパニーの視点で見ると、CN実現の方法は"水素一択"ではないと、三浦工業代表取締役の宮内大介さんは説明する。「あくまでもわれわれは、水素をCN実現に向けてのオプションの一つと位置付けています」。
では、日本はどのくらいの量のCO2を排出しているのか。図1のように、2019年度日本の部門別二酸化炭素排出量(各部門の間接排出量)は約11億t。産業部門の排出量は34.7%を占め、そのうち熱利用からの排出が約60%である。同社によれば熱利用のうち約9%が同社製ボイラからの排出だという。約9%という量は、約11億tに対しては2%に相当する。宮内さんは、「CNのゴール(50年までに温室効果ガスの排出を全体として実質ゼロにする)は決まっているので、ゴールに向けて2%を減らす努力をすることが、当社が生き残るための必要条件」との認識を示す。
現状ではCN実現にはコストがかかるという現実があるが、宮内さんは、そこは課題にはならないという。「世界にCNを実現するという共通のコンセンサスがあり、公正な競争が行われるのであれば、コストは最終的には課題ではなくなると認識しています。でも、コストを負担してでもCNを実現するという企業や店がある一方で、今まで通りの安い燃料を使って商売をするという企業や店があると公正さが保たれません。そこで公平な形でグリーン社会に向かっているかどうかが、CN実現の一番のポイントになると思います」。
先行する電化だけでは需要を賄いきれない
では、日本が力を入れる水素の活用は、どこまで進んでいるのか。クリーンエネルギーの現時点のトップランナーは、「太陽光発電を含めたクリーンな電気です」と宮内さん。
「われわれは熱需要を担当していますから、その20~30%は電化できると見ています。まず電化が先行していますが、電気では賄いきれない熱利用領域があり、そこをカバーする候補の一つが水素であると思っています」
宮内さんの指摘通り、21年に閣議決定された「第6次エネルギー基本計画」には、「高温の熱需要など電化が困難な部門では、水素、合成メタン、バイオマスなどを活用しながら、脱炭素化が進展」とある。だが、すでに電化が先行しているのであれば、さらなる電化を推進すればいいのではないか。
「そういう議論は必ず起こる」と宮内さんは話しつつ、"オール電化"の議論に実現性がないことを、オール電化にした場合のボイラの電気の必要量で説明する。
「当社が国内に設置させていただいているボイラをワット数に置き換えると53ギガ(GW)が必要になります」。53ギガのイメージがつかみづらいが、メディアでは一般に原子力発電炉1基分を100万KW(1GW)と表現している。同社のボイラをオール電化にしただけでも、膨大な電気需要が新たに発生することは想像できる。
「熱を全て電気で賄うことは発電並びに受電側で無理なのです。だから、燃焼をベースにした熱のつくり方が必要になります。そこに出てくるのが水素であり、アンモニアであり、eメタン(合成メタン)であり、どれが出てくるのか模索している段階であると考えています」
CNの一丁目一番地は省エネの推進
しかし、宮内さんは「むしろ最初にやるべきは省エネだ」と社内外に発信している。
「水素だ、電気だというのは熱の発生の議論ですが、実は議論の一丁目一番地は、省エネの努力です」
とはいえ、努力には企業により濃淡がある。努力を怠っているという意味ではなく、努力の仕方が分からないのだ。そこで同社は、「熱ソムリエ」というサービスを提供している。熱ソムリエは、熱の専門家であるフィールドエンジニアが、ボイラなどの機器をメンテナンスするだけでなく、顧客の熱の使い方にまで踏み込み、より効果的な熱のつくり方を提案する。省エネを進めることで、企業のCN挑戦のハードルは大きく下がる。
「徹底的な省エネで消費を最小限にすることをステージ1とすると、一つは廃熱回収(低温廃水の熱エネルギーを回収するヒートポンプなど)による省エネです。でも、それでもできないところが残る。ステージ2は今ある技術を発展させCNを目指すこと(図3)。そこが新エネルギーなどを含めた開発エリアで、そこに出てくる新燃料の一つが水素なのです」
開発と導入が進む水素ボイラの現在位置
17年1月、同社は、水素燃料の貫流蒸気ボイラシリーズを新規開発し、大阪ソーダ岡山工場向けに出荷した。水素は石油、石炭、天然ガスなどの1次エネルギーから製造することができる。ソーダ工場では製品製造には副生ガスとして水素が発生するため、副生水素を燃料として使用することで、大幅なCO2削減とボイラ燃料費の低減が可能になる。
23年1月には、住友ゴム工業白河工場に納入した水素燃料の貫流蒸気ボイラ「SI-2000 20S」が稼動を開始した。同社としては初めての、副生以外の水素を燃料とした高圧貫流ボイラの生産ラインにおける実運用だ。
住友ゴム工業は、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成事業として「水素エネルギーの地産地消と、工業的熱利用による温室効果ガス総合的削減実証研究」を行っており、実証研究の最終目的は「ゴム製造に必要な熱エネルギーの脱炭素化技術の確立(水素ボイラの安定稼働)」にあった。
「NEDO水素・燃料電池成果報告会2022」における住友ゴム工業の発表によれば、21年8月からボイラ選定などの実証実験が始まり、将来燃料(現在はガス、重油などの化石燃料)として、電気(ボイラ、ヒートポンプ)、水素、アンモニア、メタンなど(水素派生物質)を比較検討し、コストと供給量に課題が残るものの、「将来のコストダウンを見込み、水素利活用の知見をいち早く集積することを図る」(発表資料より)こととしたという。
水素はインフラの整備といった大きな課題が残るものの、同社は新たな挑戦を始めている。
「やまなし・ハイドロジェン・エネルギー・ソサエティ(H2-YES)」は、NEDOの助成事業の採択を受け、山梨県などと構成したコンソーシアムだ。ここでは、「大規模P2Gシステムによるエネルギー需要転換・利用技術開発に係る事業」を開始。P2Gシステムは、再生可能エネルギー由来の電力などを生かし、水の電気分解から水素を製造する技術のことだ。この事業で同社は、再生可能エネルギー由来のグリーン水素燃料を活用した高効率な蒸気ボイラを開発する。
すでに同社は、水素燃料ボイラ、燃料電池、小型水素製造装置などの製品を発売しており、顧客のニーズの変化に対応する体制を整えているが、宮内さんはゴールである50年を見据えている。
「資源のない日本はどうやって"稼ぐ"のか。ものづくりなら、それはエネルギー大量消費型の産業なのか。何かの付加価値を付けて売る産業なのか。CNなら世界のマーケットが欲しがるようなCN技術を持てるのか。そこを意識した活動にシフトしていくことを経済界全体で考えていきたい」
その言葉には、リーディングカンパニーの矜持(きょうじ)が込められている。
会社データ
社名 : 三浦工業株式会社(みうらこうぎょう)
所在地 : 愛媛県松山市堀江町7番地
電話 : 089-979-7019
HP : https://www.miuraz.co.jp/
代表者 : 宮内大介 代表取締役 社長執行役員 CEO
従業員 : 単独3289人、連結6135人(正社員・準社員のみ。2023年3月現在)
【松山商工会議所】
※月刊石垣2023年8月号に掲載された記事です。
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