人手不足は中小・地域企業の切実な課題だ。給与面や待遇面を改善しても人が集まらないといった経営者の声も聞かれる。同規模ながら、人材確保に成功し業績を上げている会社は何が違うのか。
事業内容と家族的な社風をPRし自社に合った人材の採用に成功
福島県の中央部、郡山市にある宝来屋本店は、1906年の創業以来、伝統的なこうじ製法により甘酒、みそ、漬物の素、生こうじなどを製造・販売している。地方圏の中小食品メーカーでありながら、海外20カ国と取引があり、それを求職者にアピール。求める人材像や社風、業務内容を明確に伝えることで、自社と人材とのミスマッチをなくし、若い社員を獲得することに成功している。
海外人材を採用したことがその後の事業展開の転機に
1906年にこうじ専門店として創業した宝来屋本店は、こうじづくりの技術を生かして、現在ではみそや甘酒、東北地方の漬物である三五八(さごはち)漬けの素などを製造・販売している。同社が海外展開の取り組みを始めたのは17年ほど前のこと。福島県庁が香港の日系デパートで開催した福島物産展に参加したのが最初で、その後は台湾、上海と、百貨店での試食販売から商談を進めていった。しかし、2011年の東日本大震災後に発生した原発事故により、全てが白紙となってしまった。同社社長の柳沼広呂人(ひろひと)さんは当時、専務を務めていた。
事業内容と家族的な社風をPRし自社に合った人材の採用に成功
「そのためアジアへの展開が難しくなりました。そこで、震災の翌年と翌々年に、米国のサンフランシスコで開催された食品見本市にジェトロがジャパンブースを設置したのですが、被災した県の企業は出展料が無料だったので、私が現地に行って出品しました。ところが、帰国すると仕事がたまっている。本来なら見本市での引き合い先にメールを送付しなければならなかったのですが、私の英語力では時間がかかり、なかなかできませんでした。せっかく海外で種まきをしてきたのに、これではもったいないという思いでした」
それから3年後、柳沼さんは大手人材・就職情報サービス会社がニューヨークで開催した海外人材の就職・求人イベントに参加。そこで、ニューヨークで生まれ育った日本人女性を採用することができた。これが同社にとって、事業展開だけでなく、人材採用の面でも大きな転機となった。 「海外の商談相手への応対は彼女が担当してくれるので、海外展開が加速しました。私が最初にアジアで始めた時には年商100万円程度だったのが、今は約2000万円と、20倍にまで成長しています。これで人材採用の大切さに気付きました。彼女は入社してすでに6年目になりますが、今では若手社員のリーダー的な存在になっています。職務能力はもちろんですが、当社のような小さな会社はチームワークも必要なので、人間性も備わっている人材は重要です」
自社PRの方法を改善し求人イベントでも工夫を
柳沼さんが社長に就任したのは17年3月。その年の1月に柳沼さんの父親である先代社長が亡くなり、その後を継いだ。そして経営陣が新体制になると、先代の下で長く働いていた社員が数人、会社を離れていった。当時は甘酒がブームで工場は忙しく、ギリギリの人数で生産していたため、小さなトラブルが各部署で起こっていた。このままでは社員たちが疲弊してしまう。そこで柳沼さんは、新しい人材を入れることにした。 「ところが、これは中小企業にありがちなことかもしれませんが、人事部などありませんし、それまでは社員が辞めたからという理由でしか募集してこなかったので、若い人材の求人方法が分からない。そこで、福島県のキャリア支援機構からアドバイスをいただき、求人用の会社紹介パンフレットを作成し、会社のホームページには採用情報のページを追加しました。コストはかかりましたが、やらないわけにはいきません。あとは、地元の求人イベントでのブースづくりやプレゼンのやり方なども学んでいきました」
求人用のパンフレットでは、会社で働く社員たちの一日を紹介し、会社の歴史や品質へのこだわりなども伝えていった。そこで意識してPRした点は、おいしさと健康を提供していること、海外展開もしていること、事業を拡大路線で進めていることなどだった。そして、合同企業説明会に参加した際には、若い人たちがブースに話を聞きに来やすい工夫もした。 「ブースには若い社員が座って、学生さんたちの対応をしました。学生さんたちにしても、自分と年齢が近い人に対応してもらった方が話を聞きやすいですから。そうしたら、あるイベントでは当社のブースに人がたくさん集まって、わが社はこんなに人気があるんだと勘違いしそうになったほどです(笑)。実は私は大学を卒業してから別の会社で営業として働いていたのですが、年齢が一番近い先輩が41歳。仕事で分からないことがあっても質問しにくかったという経験があります。ですから、会社に自分と年齢の近い先輩がいるというのは、学生さんにとって安心感があると思いました」
大学卒の若手社員たちが母校の後輩をリクルートへ
また、会社説明の段階で社風や業務以外のことを先に伝えておくことも大切だと柳沼さんは言う。 「自社で行う会社説明会では工場見学を通して、製造現場や事務所の雰囲気を知ってもらっています。また、最近は会社の飲み会などが苦手な人もいるので、当社は年に数回の親睦会があることや、会社全体が大きなファミリーだと考えているので、プライベートも含めた社内コミュニケーションを大切にしていることも事前に伝えています。入社してから、こんな会社だとは思わなかったなどというミスマッチを防ぐためです」
柳沼さんが社長に就任して以来、会社の状況によって毎年2人程度の新卒を採用しており、この6年で社員が10人ほど増えている。また、事前の会社説明が功を奏してか、辞める人もほとんどいない。そのため、今では20代の社員が11人と、パート・再雇用も含めた全従業員39人の4分の1強を占めるまでになった。一方で、若い人が増えてきたことによる課題も社員の間に出てきている。 「40代以上の社員の中には、自分の子どもと同じくらいの年齢の若者が会社に入ってきて、世代間のコミュニケーションギャップを感じる人が出てきています。また、世代交代で古株の自分たちはもう会社に必要ないのかと思ってしまう人もいます。もちろんそんなことはなく、ベテラン層は今が脂の乗っている年代で、さらに頑張ってほしいので、この世代間ギャップをなんとかして解消しなければならないと思っているところです」
今後の人材採用では、大卒の社員たちが自分の母校に行って、後輩をリクルートしてもらうことも考えていると柳沼さんは言う。これも、同じ大学のOBがいることが、入社を決める上で安心感につながるからだ。郡山の近隣だけで求人活動をしても、人数は限られている。出身は福島県でも大学は他県という学生は多くいるため、そういった学生たちに自社を知ってもらい、就職先の候補としてアピールしていくことになる。
新規開拓を進めていくためそれに合った人材の採用を
また、同社では今年から、新しい人事評価制度を導入した。これは職務能力だけでなく、あいさつやチームワーク、自己啓発といった人格能力を社員が自己採点し、上司、社長も採点した上で、昇給やボーナスに反映させる制度である。人格能力の評価に重きを置いているのは、同社の社内コミュニケーションを大切にする大家族主義的な雰囲気を続けていくためでもある。 「人事評価をする際に、社長や上司の主観だけで評価してしまってはいけませんし、社員にしても、何をどう頑張れば評価されるのかが分からない。人格能力も職務能力も項目ごとに指標があれば、客観的な評価基準になりますし、社員との面談で改善点を示すこともできます。これにより社員の意識改革を促していきたいと思っていますが、今年の2月に始めて7月のボーナスに反映させたばかりで、社員たちも戸惑い気味だったので、効果が出てくるのはこれからだと思います」
これまでの人材採用努力によって、同社は今まで人手不足で困ったことはない。付き合いのある人材・就職情報サービス会社からも、同社は社員を募集すると応募者が多いと言われているという。
最後に今後の人材採用の方向性について、柳沼さんはこう語る。 「当社は塩こうじや甘酒ブームの恩恵を受けてきましたが、そのブームも落ち着いてきたので、新たな展開を考えていかなければなりません。これまではBtoCがほとんどだったので、今後はBtoBにも力を入れていきたい。そのためには業務用の展示会にも積極的に出ていく必要があります。そこで、中途採用も含めて、新規開拓を得意とする人材と、既存の顧客を守っていく人材といった、今後の事業展開に合った人材を採用していくことを考えています」
海外人材の採用で海外展開が進んだように、今後のBtoBへの展開も、それに合った人材の採用が鍵となるのは間違いない。
会社データ
社 名 : 株式会社宝来屋本店(ほうらいやほんてん)
所在地 : 福島県郡山市田村町金屋字川久保54-2
電 話 : 024-943-2380
HP : https://www.e-horaiya.com
代表者 : 柳沼広呂人 代表取締役
従業員 : 39人
【郡山商工会議所】
※月刊石垣2023年10月号に掲載された記事です。
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