デジタル・マネーと似ているが、同じブロックチェーン技術を活用し注目されている仕組みがある。それがNFT(Non Fungible Token、非代替性トークン)だ。ビジネスへの活用も含め、NFTにはどのような可能性があるのか。ブロックチェーンなどの先端技術を基点として日本のメディア・コンテンツ業界のデジタルトランスフォーメーションを業界横断で加速するための企業連合である一般社団法人ジャパン・コンテンツ・ブロックチェーン・イニシアティブ(JCBI)代表理事の伊藤佑介さんに話を聞いた。
伊藤 佑介(いとう・ゆうすけ)
一般社団法人ジャパン・コンテンツ・ブロックチェーン・イニシアティブ(JCBI)代表理事
NFTはデジタルコンテンツの保証書
経済産業省はNFTを「『偽造・改ざん不能のデジタルデータ』であり、ブロックチェーン上で、デジタルデータに唯一性を付与して真贋性を担保する機能や、取引履歴を追跡できる機能を持つ」(第4回産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会「デジタル時代の規制・制度のあり方について」)と説明している。それはどういうことか。伊藤さんは、先の説明を平易に次のように解説する。 「NFTはデジタルコンテンツそのものではなく、デジタルコンテンツにひもづいた保証書のデータです。NFTの保証書にはデジタルコンテンツの保有者情報を書き込む記入欄があるので、自分が保有者であることを証明したり、保有者の変遷を記録したりすることができます。NFTのデータは、改ざんが極めて困難なブロックチェーン(分散型台帳)上に記録されているため、他人が不正に保証書を書き換えることはできません」
ブロックチェーンと聞いてまず連想するのは、ビットコインやイーサリアムのような暗号資産だろう。「NFTも暗号資産もブロックチェーンというシステムに記録されたデータであることに変わりありません。改ざんが極めて困難なことも同じ。そしてデータを記録しているシステムを、特定の国や団体、人が運営しているわけではなく、誰もコントロールや支配ができないため、そのデータには安心感や公平感、納得感が生じます(26ページ図1)」
75億円で落札されたデジタルコンテンツ
伊藤さんによると、NFTが注目を集めたのはNFTがひもづいたコンテンツの売買のサービスが次々と多く立ち上がった2021年から22年にかけてだという。 「そして22年末にはバブルがはじけてしまいました。その原因は、顧客の見立てとニーズの見定めが間違っていたからです。コンテンツ市場の顧客は、基本的には、あるコンテンツのことが好きなファンです。コンテンツファンのニーズはコンテンツの売買ではありません。コンテンツファンの多くは、好きで購入したものを転売しようとは考えません。所有していることに価値を見いだしているからです」 例えば、遊戯王カードやポケモンカードが高値で売買されてニュースになることがあるが、「それはコンテンツ市場のボリュームゾーンのメインターゲットではありません。ほとんどのファンは、コンテンツを見たり、聞いたり、読んだりと自分で楽しむために利用します。つまり利用する楽しみがニーズであるのに、21・22年はブロックチェーンといえば暗号資産というイメージが強過ぎて、NFTのサービスを開発する企業が売買サービスばかりに偏ってしまいました」。
その象徴が、クリスティーズのオークションで、デジタルアーティスト・Beeple(ビープル)のNFTがひもづいたデジタルアート作品「Everydays-The First 5000 Days」が、約75億円で落札された出来事だ。さらに同じ時期に、ツイッター(現X)の創業者ジャック・ドーシーが世界初のツイートをNFTがひもづいたテキストコンテンツとして出品して約3億円で落札されて、「この二つのニュースが世界中を駆け巡った結果、NFTを売ればもうかるという風潮が一気に広がってしまいました」と伊藤さん。付け加えると、Beepleのデジタルアート作品の落札者は、世界最大のNFTファンドである「Metapurse(メタパース)」の創設者・Metakovan(メタコヴァン)だ。「もともとアートが好きで買い集めていた元来のアートコレクターではなかったということです。そのため、高額落札の裏には、自らが投資している領域であるNFTに世界の注目を集めたいというマーケティング目的で落札したのではないのか、といった声も一部で上がっていました」
NFTを活用して企業間連携を実現
とはいえ、NFTバブルがはじけたことで現在は売買熱は冷めてしまっている。では、NFTはどこを目指すべきなのか。伊藤さんは、「NFTの本質は、共創型の企業間連携にある」と考えている。改ざんできないブロックチェーン上に記録されたデジタルデータであるから、異なる企業のサービスを横断して利用できるようになる。具体的に説明するとこうだ。 「NFTは、絶対に改ざんできない、ある人がある物を所有していることを証明するデジタル保証書です。保証書はインターネット上で誰でも見ることができるので、保有者(ユーザー)は企業に、「自分はこういう物を保有している」と証明できるわけです。企業は保証書からユーザーのニーズや嗜好(しこう)をくみ取ってアプローチし、最適な商品やサービスを提供できるようになります」。保証書は公開されているので、ユーザーにアプローチできる企業は1社に限られない。 「むしろ、企業が連携して1社では実現できない豊かなユーザー体験を提供できるようになることこそが、ブロックチェーンでなければできないことだと考えています。そうなれば、ユーザーは自分が持っているNFTがひもづいたデジタルコンテンツを複数の企業のサービスで利用して楽しむことができるようになります。それこそが、本来目指すべき社会実装の方向性であると確信しています。
そしてそれがもし実現したとすると、私の9歳の娘は10年後、きっとこう言うと思います。『お父さんの時代って、LINEでキャラクターのデジタルコンテンツを買ってもLINEの中でスタンプとしてしか使えなかったなんて、まるで原始時代だね。私がLINEで買ったキャラクターは、ほかの会社のメタバースの中でアバターとして使って遊べるし、もちろん別の会社のゲームの主人公にしてプレーすることだってできるよ』」 ブロックチェーンを活用すれば、そんな10年後の世界を実現するために、各企業が自社で運用する情報システムをそれぞれ個別にネットワークで接続させるといったような大掛かりで非現実的なシステム連携開発は必要なく、「各社がサービスにNFTウォレット(NFTを管理するためのデジタルの財布)を導入するだけでいいのです」。
社会実装の鍵となる「送客」と「収益分配」
ユーザー視点で見ると素晴らしい世界に映るが、ビジネス視点ではどうか。 「ブロックチェーンを活用してほかの企業と連携することによって、これまで1社では実現できなかったような豊かな体験をユーザーに提供できるようになるとはいえ、収益が得られる仕組みがなければ参加する企業は増えないでしょう。そこで鍵となるのが、『送客』です。先のLINEの例で説明すると、デジタルコンテンツを持つユーザーが別の企業のメタバースで遊ぶということを、LINEが『送客』したと捉えれば、メタバース企業から送客費を得るという広告型のビジネスモデルが考えられます。また、送客を受けたメタバース企業がもしそのユーザーにアイテムを販売するなど有償でサービスを提供する場合には、LINEが送客費ではなく販売収益から分配を受けるといった、レベニューシェア型のビジネスモデルもあり得るでしょう(図2)」
とはいうものの、「既存の事業で顧客を囲い込んで収益を得ている企業同士がブロックチェーンを活用して連携していく大きなうねりを起こして、マスアダプション(大規模な普及)を目指すことは容易ではない」と伊藤さん。 そのため現時点では、企業がNFTを発行する取り組みは以前に比べて多くなってきたものの、あくまでも自社サービスの中でしかそのNFTは利用できず、他社のサービスと連携したような取り組みはまだあまり出てきていない。しかし、ある時点で伊藤さんが目指す世界が一気に実現する可能性は高い。中小企業が注意すべき点は、「メタバースであってもAIであっても新しい技術は同じなのですが、一過性のブームで注目を集めすぎて、シンプルに一体その技術が何に役立つのかといった根本的な問いから離れてしまうことがあります。それには踊らされずに、その技術を使って自分が解決したい課題を見定めることが重要です」
伊藤さんの解決したい課題は、企業の情報システムのサイロ化(孤立している状態)を開放して新しい共創型のビジネスを企業間連携で生むことだ。その手段がブロックチェーンという技術であり、それを社会実装させるためのビジネスモデルが送客であり、レベニューシェアだという。同じように中小企業にもNFTを活用することで、解決できる課題があるのではないか。
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