Q LGBTという言葉を聞く機会が多くなり、トランスジェンダー(性同一性障害者)である従業員の働き方について裁判になった事案もあると知りました。トランスジェンダーの従業員から自認する性別に応じた働き方や施設利用を求められた場合、会社はどのように対応すべきでしょうか。
A 自認する性別で社会生活を送ることは、法律上保護される利益の一つとされています。そのため、基本的には個々の事情についてトランスジェンダーである従業員とよく話し合い、業務上の支障の有無やほかの従業員との利害調整も考慮しながら、合理的な配慮を進めていくべきです。以下では、申し出が想定される働き方や労働環境について説明します。
経済産業省で働くトランス女性(身体的性別は男性だが自己の性別を女性と自認する人)が、職場で女性トイレの一部使用制限を受けたことに対し、処遇改善を求めた裁判がありました。最高裁判所は今年7月、同僚への配慮が必要な場合があるとしつつ、使用制限を違法とする判断を示しました。トランスジェンダーなど性的少数者の職場環境をめぐって、最高裁が判断を示したのは初めてです。
この事案のように、トランスジェンダーから自分が認識する性別(性自認)に応じた働き方(服装・髪型・名前・施設の利用など)を認めるよう希望が出ることがあります。業務やほかの従業員との関係でトラブルが生じる具体的事情があれば利害調整は可能ですが、性同一性障害の事実が確認できた場合、トランスジェンダーの利益にも十分配慮した対応が必要です。
服装・髪型への配慮
会社には身だしなみなどに関する服務規律がありますが、服装や髪型は本来、個人が自由に決定できるものです。服務規律は、業務上の必要性があり、従業員への過度の制約とならない限度でしか拘束力が認められません。
オフィスワーク中心の会社では、性自認に従った服装・髪型によりトラブルが生じる恐れは低いといえるでしょう。普段の振る舞いや外見などから取引先や社内に特段の違和感を与えることもない場合、性自認と異なる服装・髪型を強いることは違法評価を受ける恐れがあります(業務命令に反して女性の服装で勤務したトランス女性への懲戒解雇が、無効とされた裁判があります)。また、必ずしも当該条件を満たさない場合でも、営業面で支障が生じにくい部署への異動を協議するといった配慮をすることが適切です。
通称名の使用
改名に必要な使用実績を積む目的もあり、トランスジェンダーからは性自認に従った通称名での勤務希望があり得ます。氏名は人格権の一内容を構成する個人の象徴です(韓国籍の従業員に対して通名ではなく本名を名乗るよう繰り返し求めた会社の行為が、違法とされた裁判があります)。
職場では一般的に名字で呼び合うことが多く、いわゆる下の名前の変更で特段の混乱が生じることは少ないと考えられます。そのため、通称名の使用に合理的理由があるトランスジェンダーについては、基本的に通称名での勤務を許容するべきでしょう。
トイレの使用など暫定措置には見直しの配慮を
性自認に従ったトイレの使用については、特にトランス女性に関し、ほかの女性従業員が主張する不安や性的羞恥心との調整が問題となり得ます。トランス女性から会社に申し出があった場合、女性従業員の理解を得て、希望するトイレの使用を認めている事例もあります。しかし、女性従業員の理解を得ることが困難であるなど、具体的かつ現実的な問題がある場合の調整が許されないものではありません。そのような場合は、一部のトイレを誰でも使用可能なトイレとするといった暫定措置を取り、社内研修などでLGBTへの理解を深めていくとともに、適宜、暫定措置の見直しを図る配慮を続けるほかないと考えられます。
(弁護士・増澤 雄太)
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