地域を代表する名産・工芸品が、生活の変化や後継者不足などにより厳しい状況にある。しかし、地域に伝承されてきた技術にこだわりながら斬新なデザインを施し、新たな発想を加えて魅力的な商品として進化させ、販路開拓と地域の魅力を発信していくことに挑み続けている地域企業がある。
水戸に伝わる「水府提灯」の新たな魅力を国内外へ発信していく
提灯(ちょうちん)の日本三大産地の一つである水戸市。同地で提灯一筋に約160年の歴史を刻むのが、鈴木茂兵衛商店だ。伝統的な「水府提灯」をつくる一方、今までにない意匠の提灯を次々に開発。イベントの参加やワークショップの開催、海外メーカーとのコラボにも積極的に取り組み、新たな照明としての提灯を世に送り出している。
地域を代表する伝統工芸品でも業界の見通しは厳しい
江戸時代から続く伝統工芸品の「水府提灯」。水府とは水戸の別称で、提灯づくりは下級武士の内職だったが、水戸藩が藩の経済を支える産業として奨励したことに始まる。水府提灯の特徴は、篠竹の竹ひごを1本1本輪にして糸で結わえる「一本掛け」の技法により堅固なことだ。現在もそれを基本に、奉納提灯や盆提灯、看板提灯などがつくられている。 「提灯の定義は、折り畳めることです。室町時代に中国から伝わってきたときは畳めない構造でしたが、持ち運びにかさばるので畳める構造に変えて現在に至っています」と鈴木茂兵衛商店で広報を担当する鈴木紘太さんは説明する。
同社は1865年の創業以来、提灯づくり一筋に行ってきた。提灯はいくつかのパーツに分かれ、本体部分を「火袋」、上下の黒い輪を「重化(じゅうけ)」、サイドに付いた取っ手の部分を「弓」という。同社は火袋専門の会社だ。火袋には、丸型、長型、筒状の桶型など多様な形状があるが、上下に穴が開いているのが基本だ。
用途に合わせてさまざまな提灯をつくり続けてきた同社だが、業界を取り巻く現状は明るいとはいえない。人口減少によって祭りの担い手が減っていること、また仏事への意識の変化や住宅事情などにより、伝統的な提灯の需要は減少し続けている。水府提灯の製造元も戦前は30社ほどあったが、戦後は徐々に減って現在では3社しか残っていないという。 「職人の高齢化も懸念材料です。当社の職人の最高齢は88歳で平均年齢も高いので、『もうつくれない』という状況が急に訪れる可能性があります。高齢の職人が抜けた後の人材不足や技術の継承をどう解決するかは大きな課題です」
日常的に使える照明としての提灯を次々に開発
そうした業界の状況を背景に、同社が約20年前から取り組んできたのは、日常的に使える新しい提灯づくりである。その皮切りとなったのは、業界初の瓶型提灯だ。 「酒好きの社長が、飲食店、酒造メーカーの看板や販促用にと考案したものです。分かりやすい形なので、販路を開拓しやすいのではと考えました」
瓶型提灯は意匠登録をし、広告燈としてギフトショーに初出展したところ、好評を得て販売を開始した。さらに、提灯を自立させるスタンド構造も開発し、現代に合う照明としての提灯を模索し始める。その流れを受けて誕生したのが「MICシリーズ」だ。水戸で毎年開催される梅まつりの中で、「提灯を販売しないか」と打診されたことが開発の発端だ。来場者に提灯を日常の明かりと知ってもらうために、社長の隆太郎さんは旧友でビジュアルアーティストのミック・イタヤ氏に声を掛けて、自由な発想でデザインしてもらった。そうして完成したのが、鳥の形の「SWING」、イチゴの形の「ICHI-GO」、ろうそくのゆらぎを表現した「STANDARD」などだ。いずれも、提灯の形は左右対称という既成概念を覆す、イレギュラーな形をしている。 「MICシリーズが誕生したのは、LEDの恩恵もあります。従来の提灯は蛍光管や白熱球を光源に使っているので、熱を逃がすために上下に穴が必要です。その点、LEDなら発熱量が少ないので、穴をふさいだ自由なデザインが可能になったんです」
平面に描かれたデザインを立体にするのはトライ&エラーの連続だったが、今までにない形を扱うことは現場の職人魂に火を付けた。長年培った技術と経験を基に、一つひとつ完成させていき、代表作となった「SWING」や「ICHI-GO」は、グッドデザイン賞を受賞した。メディアに取り上げられる機会が増えて同社商品の知名度も上昇、提灯をインテリアとして活用する道筋をつけた。
ワークショップや海外とのコラボを通じて提灯を発信
同社はMICシリーズを機に、提灯をさらに身近なものとして感じてもらうための取り組みに力を入れている。ワークショップもその一つだ。実際の道具を使った提灯づくり体験を、同社店舗や市内の商業施設、祭り会場などで随時開催している。
また、ギフトショーにも毎年出展し、訪問客が立ち止まる見せ方に工夫を凝らしている。例えば2018年の出展時には、同県出身の橘流寄席文字書家とコラボして、来場者が希望する1文字を提灯に書くデモンストレーションを行った。ブースの前には常に人だかりができ、盛況を博した。 「この頃から欧州の家具メーカーや照明ブランドとコラボした商品開発が増えてきました。主に和紙を使った照明シェードやオーナメントなどですが、評判は上々です。また、提灯自体を気に入ってくれたフランスのインテリアショップには商品も卸しています」
新しいものをつくるにも、全て社内で企画するのは難しい。同社の場合、自社商品を積極的に発信してきたことで、外部からのコラボ依頼が増えており、思いもよらない商品が誕生、販路拡大につながっている。例えば、全国展開するアパレルブランドショップの照明や県内企業の販促グッズの受注などだ。
3年間続いたコロナ禍では、祭りやイベントの自粛により奉納提灯や祭り提灯の需要が激減し、売り上げは落ち込んだ。しかし、県をまたぐ移動が制限されたことをきっかけに同県を本拠地とするプロスポーツチームとのグッズ開発をはじめ、県内企業とのコラボが実を結び、厳しい状況の中でも新たな挑戦につなげることができた。
また、行政も県の特産品として水府提灯をPRする機会を増やしており、60年以上の歴史を持つ「水戸黄門まつり」で新たに提灯行列というイベントが加わった。参加者が購入した祭り限定の記念提灯や持参した提灯を持ち、夜道を照らしながら歩くという企画だ。コロナ禍では開催を自粛していたが、今年は再開され、多くの人でにぎわった。
夢は水戸を「提灯のまち」にすること
「水府提灯の産地だから、もっとそれを押し出していこう、水戸に足を運んでもらおうという動きがあり、行政が率先して進めています。そうしたムーブメントの中で、当社はどんな会社で、どういう強みがあって、何を大切にしているのか、それをどう発信していくのかをずっと考えてきました」
HPの発信力強化にもこだわり、自社のポリシーを明確に示すサイトへリニューアルした。以前のHPはMICシリーズを前面に押し出し、おしゃれなビジュアルだった半面、伝統的な提灯シリーズはあまり紹介されていなかったそうだ。コロナ禍で時間に余裕があったこともあり、じっくり2年の時間を費やして、同社がどんな会社なのかを丁寧に語り、海外を意識して英文も併記、納得のいく出来栄えになった。その証拠に、今年のギフトショーは、これまで出展してきた中で最も反響が大きく、発信することの大切さを改めて感じたという。 「HPで一番伝えたかったのは、『提灯の美しい 新しい 楽しい を日本から』という当社のビジョンです。それを広く世界に発信して、海外展開にさらに力を入れていくつもりです。また、地元では小学生を対象とした提灯づくり体験にも取り組んでいきたい。水戸に水府提灯があることを知ってもらい、子どもたちが大人になった時に『ここで働きたい』と言ってもらえたら、地域の伝統産業の存続に寄与できるのではないかと期待しています」
紘太さんが目指しているのは、水戸を提灯のまちにすることだそうだ。そのためにも、伝統と未来、そして人の心を照らしていきたいと胸の内を語った。
会社データ
社 名 : 株式会社鈴木茂兵衛商店(すずきもへいしょうてん)
所在地 : 茨城県水戸市袴塚1-7-5
電 話 : 029-221-3966
代表者 : 鈴木隆太郎 代表取締役
従業員 : 6人
【水戸商工会議所】
※月刊石垣2023年11月号に掲載された記事です。
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