地域を代表する名産・工芸品が、生活の変化や後継者不足などにより厳しい状況にある。しかし、地域に伝承されてきた技術にこだわりながら斬新なデザインを施し、新たな発想を加えて魅力的な商品として進化させ、販路開拓と地域の魅力を発信していくことに挑み続けている地域企業がある。
途絶える寸前の技術を継承し世界60の国・地域に販路拡大
愛知県豊橋市に工場があるエニシングは、江戸時代から続く日本伝統の「前掛け」を製造販売している。豊橋は日本唯一の前掛けの産地。海外製品の台頭により途絶える寸前だったところ、同社が織機と技術を引き継いで立て直した。現在では飲食店やワイナリーなどのユニフォームやアウトドアでのおしゃれなワークウエアとして人気もあり、世界約60の国・地域に販路を拡大している。
伝統産業と知らず出合う当初は月に10枚しか売れず
愛知県豊橋市にあるエニシングの前掛け工場では、トヨタ製など約100年前につくられたシャトル織機が9台、今も現役で動いている。近年ではほとんど使われていないこの織機により、独特の風合いが醸し出される。前掛けは古くから働く人の腰を守るもので、江戸時代に今の形になり、明治時代から屋号が染められて酒蔵を中心にあらゆる業種で使われた。1970年代以降は中国など海外製品が台頭し、豊橋の前掛けも廃れていった。それを復活させたのが同社である。しかし、同社社長の西村和弘さんは「当初、前掛けが豊橋の伝統産業であることは全く知らなかったんです」という。
西村さんは大学卒業後、大手企業勤務を経て東京で起業した。2000年、東京商工会議所が開催した創業塾を受講して経営を学び、同年に漢字をプリントしたTシャツの企画販売会社としてエニシングを創業。04年、漢字Tシャツの関連商品として「帆布前掛け」のネット通販を開始したところ、思いがけず反響が大きかった。
そこで、西村さんは商品をつくる職人たちから話を聞こうと、05年に豊橋を訪れた。すると職人から「今の時代に売れるものじゃないから、前掛けはやらない方がいい」と言われた。しかし、西村さんは前掛けが喜ばれたという実感があるため、ほかの人がやらないなら自分たちがやろうと、前掛けを中心につくっていくことを決意した。
当初は、1枚約5000円の前掛けが月に10枚程度しか売れず、漢字Tシャツを販売して食いつないだ。その後、同社の前掛けがテレビ番組で取り上げられ、売り上げが急上昇していった。
西村さんは、創業時から「日本の隠れた魅力を世界に伝えたい」と考えており、旅費を工面できた07年、米国のニューヨークへ渡って飛び込み営業を始めた。このときに出会った在米日本人との縁で、09年に現地で展示会を開催した。現地には豊橋の職人も同行し、前掛けの伝統と文化を紹介しトークショーも行った。この米国滞在中に西村さんと職人たちとの心の距離が一気に縮まり、彼らの協力を得て前掛けの糸や染めなどを上質なものに変え、前掛け本来の厚みがある商品に改良していく。西村さんはその後、前掛けの伝統と文化を伝えて米国や英国で販路を開拓した。
織機と技術を引き継ぐ勇気ある経営大賞特別賞も
13年、同社に大きな転機が訪れる。豊橋に残る前掛け職人の一人が高齢になり、前掛けづくりを引き継いで続けるかどうかの選択を迫られた。西村さんは織機を引き継ぐことを決め、若手職人を採用してベテラン職人の技術を学ばせた。
織機と工場のための資金も必要だったが、当時の年間売り上げは約3500万円で伸び悩んでいた。当時の税理士から「売れない前掛けではなく、同じ生地を使ったバッグの方が売れる」と助言されたが、西村さんは前掛けにこだわった。 「ラクに稼ぐ方法はありますが『前掛けを未来に伝える』という使命に気付いた自分との闘いでした」と西村さんは当時を振り返る。
その後、プロ野球球団へのオリジナル前掛けの提案や、大手企業から大量発注されるなど販路を拡大し、数年間で売り上げは1億円を突破する。同社の取り組みが認められ、14年には東京商工会議所の「勇気ある経営大賞特別賞」を受賞した。さらに「日本の前掛けが海外で人気」と多くの新聞で取り上げられて話題となった。
前掛け工場をオープン パリを中心に世界中で販売
19年、豊橋に「前掛けファクトリー」をオープン。同社は企画販売に加え製造も行うようになり、商品の種類を増やすなど収益が向上した。この工場は、日本唯一の前掛け産地である豊橋の伝統と文化に配慮し、地域活性化に結びつくものとして、20年に豊橋商工会議所の「都市デザイン文化賞」を受賞する。23年には敷地内に「ファブリックラボ」もオープンした。ラボは前掛けの文化や技術を伝える場で、海外のバイヤーなども訪れる。
同社はフランスのパリで開かれた展示会「メゾンエオブジェ」に出展するなど、世界中から注目されており、前掛けは約60の国・地域のセレクトショップで販売されている。今後について西村さんは「日本のものづくりが欧米でも受け入れられるように、さらに販路を拡大する」と語る。西村さんから伝統産業の新ブランディングに取り組む際のアドバイスをもらった。 「海外のバイヤーは商品に込められた思想などコンセプトを重要視します。うわべだけきれいな商品は世界中にいくらでもありますが、それは植物でいえば枝葉だけで、伝統産業には長年培われた文化などの『土』があります。その土にすむ微生物を見つけて活性化すれば売れます。まず自分たちの土を見直してほしいです」
会社データ
社 名 : 有限会社エニシング
所在地 : 愛知県豊橋市大岩町西郷内167-2
電 話 : 03-5843-0247(代表・東京本社)
HP : http://www.anything.ne.jp/index.html
代表者 : 西村和弘 代表取締役社長
従業員 : 6人
【豊橋商工会議所】
※月刊石垣2023年11月号に掲載された記事です。
最新号を紙面で読める!