11月初旬、北九州市で「全国産業観光フォーラム」を開催した。日本観光振興協会などが主催し、2001年に名古屋で幕を開けて以来22回目となるが、今回が最終回となった。その背景には、各地の産業観光が成熟し、新たな地域産業創造や観光交流に向けた多様な活動が展開され始めたことなどがある▼
北九州のシンボルは1901年操業の官営八幡製鉄所の高炉だ。日本が重化学工業にシフトした時代の象徴でもある。他方、戦後の60年代以降は「死の海」と呼ばれた洞海湾などで激甚な公害も経験した。その後、厳しい公害防止条例の制定や環境保全技術の開発などで公害を克服。その活動が公害に苦しむ開発途上国の支援活動につながったと評価され、90年には国連(UNEP)グローバル500賞や国連地方自治表彰など国際的にも高い評価を受けた▼
北九州の産業観光は、今新たな局面に立っている。東田エリアを中核に「文化×産業×観光」をテーマとする「ミュージアムパーク創造事業」は、「いのちのたび博物館」などの文化拠点施設を核に地域の民間企業の工場やミュージアムなどが連携する博物館都市構想だ▼
80年代末からの「北九州ルネッサンス構想」を指導した末吉興一元市長は「産業文化都市」(産業が文化になるまち)を口にされていた。その思いが今実現し始めたということでもある▼
筆者が関わる石川県小松市のGEMBAプロジェクトは、ものづくりの原点に返り、つくり手と使い手の対話を通じて次の100年に残るものづくりと交流ビジネスの創造を目指している。こうした活動が全国で数多く生まれている。産業観光はすでに次の局面に発展しているといえる
(観光未来プランナー・日本観光振興協会総合研究所顧問・丁野朗)
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