保険証とマイナカードを一体化したマイナ保険証は不運に見舞われているようだ。本年12月に保険証の廃止が決まっているが、代わりであるマイナ保険証の利用率はまだ5%に満たない。セキュリティ面の不安から利用を控える人が多いという見方もあるが、個人の問題ではないように思われる。政府と医療の現場、そして人々の間でどのような社会を目指しているのかビジョンを共有していないためではないか▼
『ビジョナリーカンパニーZERO』の著者、ジム・コリンズは、企業がビジョンを設定するメリットの一つは「通常では考えられないほどの(従業員の)努力を引き出す」ことだという。人は価値観や理想に共感し、価値を見いだしたときその実現のために精一杯の努力をする。政府がいくら旗を掲げても、将来のビジョンが社会で共有されなければ人々は自分の習慣を変えようとは思わない。それが、マイナ保険証の普及が進まない背景にあると思われる▼
政府はデジタル化やグリーン経済の実現に向けて政策を実施している。本来は目指すべき将来のビジョンの共有を優先すべきだが、手段の議論ばかりが先行し政策の目的は漠然としたままだ。こうした状況では、トップダウン式で手段だけ示されても広く人々の間でビジョンを実現することは困難だ▼
では、医療や介護、教育、まちづくりなどの各分野でボトムアップ式にビジョンをつくるのはどうか。それらを集約した姿を示すのも政府の重要な役割だ。ビジョンについて分野や地域間で対話をする過程でビジョンは人々の間に深く浸透し、心に根づく。マイナ保険証で言えば、医療界は将来の医療の姿をどう描くのか。真のビジョンづくりはそこから始まる
(NIRA総合研究開発機構理事・神田玲子)
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