蚊帳の生産から事業転換
江戸時代、現在の滋賀県に当たる近江の国では蚊帳(かや)の生産が盛んで、「浜蚊帳」として全国各地にその名を知られていた。琵琶湖の北東部沿岸にある長浜市では、寛文年間(1661―73)に蚊帳づくりが始まったとされており、長浜の大塚吉平が蚊帳を売り始めたのもその頃とされている。 「ただ、年代がはっきり確定できるのは宝永3(1706)年が最初で、その年を創業年としています。なぜこの辺りで蚊帳の生産が盛んになったかというと、近くに琵琶湖があり盆地なので湿度が高く、乾燥していると切れやすい糸も、湿気があって切れずに織りやすかったからです。蚊帳だけでなく、ちりめんやビロードなどの繊維産業が発達しました」と、大塚産業マテリアル代表取締役会長の大塚敬一郎さんは説明する。
天保7(1836)年には三井越後屋呉服店(三越の前身)との取引を開始。時代は下り、昭和10年には法人化して大塚蚊帳株式会社となったが、昭和40年頃から蚊帳の需要が減ってきた。そこで、縫製と樹脂加工の技術を生かして自動車関連産業に参入し、今は自動車の内装・シートの製造がメインになっている。 「当社は、時代の環境変化に常に対応してきました。戦争中は繊維を樹脂で固めたFRP(繊維強化プラスチック)を開発して、飛行機のハンドルを製造していました。戦後は琵琶湖周辺に生えているヨシを使った壁紙を開発したところ、高級な壁紙として欧米でよく売れました。しかし、本業の蚊帳が売れなくなっていったのです」
自動車メーカーに売り込む
「自分たちから働き掛けなければ、何もできません。私の父は遠縁のつてでトヨタ自動車工業に壁紙を売り込もうと、『動く応接間のイメージ』でどうかと、車の内装に自社の壁紙を提案しました。その時は採用されませんでしたが、それが縁でパイプができ、今度は自社で開発したポリエチレン製の織物を売り込んだところ、シートにクッションを付けるバネ受け用の布として採用されたのです。それがきっかけで、開発や生産を自動車関連に傾注していきました」
エアバッグの開発にも早くから取り組んでいる。トヨタ自動車工業の依頼でエアバッグの袋部分の開発に取り組み、昭和44年には完成し、特許も取った。しかし、エアバッグを火薬で瞬時に安全に膨らませる技術が日本ではまだ確立されていなかったため、実際に採用されるには至らなかった。
62年には会社を事業別に4社に分社化し、大塚産業グループを結成。大塚産業マテリアルは、主に自動車用内装品などの生産を行っていった。その後、海外生産も比較的早くから始めている。 「縫製を国内でやっていると採算が合わなくなってきて、アパレル産業が早くから海外生産を始めていたこともあり、当社も1990年頃から中国への進出を検討していました。中国に最初の工場を設立したのは2002年です。06年にはタイにも進出しましたが7年ほどで撤退し、米国と中国の貿易戦争が起こったのでチャイナ・プラス・ワンということで17年にベトナムにも進出しました」
改善提案評価制度を実施
大塚産業マテリアルになってからも、技術革新への挑戦が止まることはなかった。以前は1枚のシートを裁断・縫製することで自動車の座席の立体形状に合わせてきたが、このままではシェアを存続することができないと考え、不織布(繊維を織らずに結合させたシート状のもの)の3D-CADによる成形技術の開発に取り組んだ。これにより、1枚の不織布を成形してどんな複雑な立体形状でも再現でき、縫製よりも生産リードタイムを大幅に短縮できるようになった。 「昨日と今日、今日と明日、少しずつでも改善して前進しないと、会社は生き残っていけません。そのため、全従業員を対象に改善提案を評価する制度があります。どんな小さなことでもいい。この小さな改善の積み重ねが生産アップかやながっている。制度を始めて25年になりますが、統計を見ると、提案件数が多くなるにつれ、売り上げも利益も増えています。私は改善提案件数と利益の伸びには相関関係があると思っています。会社は、先祖から受け継いでいく大玉送りのようなもので、急ぎ過ぎたり玉が大き過ぎたりしたら落としてしまいます。それぞれの代の社長が、大玉を落とさないような方法や戦術を考えて会社を運営していく。そして一番の目標は、会社を未来永劫(えいごう)つなげていくことだと思ってやっています」
時代の変化に対応する技術革新と日々の改善。これが大塚産業マテリアルの強さの秘密といえる。
プロフィール
社名 : 大塚産業マテリアル株式会社(おおつかさんぎょうマテリアル)
所在地 : 滋賀県長浜市八幡中山町1
電話 : 0749-74-8888
代表者 : 大塚敬一郎 代表取締役会長
創業 : 宝永3(1706)年
従業員 : 国内:140人、国外:470人
【長浜商工会議所】
※月刊石垣2024年2月号に掲載された記事です。
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