米国の有力紙ニューヨーク・タイムズが昨年の「世界の行くべき52カ所」の2番目に岩手県盛岡市を選び、東北6県の夏祭りが一堂に会する「東北絆まつり」も初夏を彩る風物詩として定着してきた。東日本大震災から13年。コロナ禍を乗り越え、今こそ魅力的な東北の観光資源を国内外へ強く発信すべき時だ。東北観光の〝いま”を追った。
前泊が必須の朝市は観光客の市内回遊の機会をつくり、地域経済の活性化に貢献
青森県八戸市の協同組合湊日曜朝市会が運営する「館鼻(たてはな)岸壁朝市」は、3月~12月の毎日曜日に開催され、夜明けとともに始まり9時頃に終わる。東日本大震災では、開催場所の岸壁が被害を受けたが、4カ月遅れで開催して市民に希望と喜びを与えた。そして今、朝市は八戸を代表する観光資源としてその魅力を全国に発信している。
朝市は店主とお客さんのコミュニケーションの場
朝市の起源は古く、源氏物語が書かれた平安時代にさかのぼるという説がある。だが、八戸市の「館鼻岸壁朝市」は、今年(3月17日から再開)で20周年を迎える“若い”朝市だ。前身は八戸市内の湊町山手通り沿いで開催されていた湊日曜朝市。これが人気になり、道路に人があふれるようになったことから現在の八戸港の館鼻岸壁エリアに移転した。
同朝市の大きな特徴は行政に頼ることなく、民間主導で運営されているところだ。市から日曜の朝だけ場所の提供を受けているが、運営に関しては完全な自主管理。だから自由な活動ができる。
登録店舗は306店。湊日曜朝市会理事長の慶長春樹さんによると、全長約800mの朝市会場に常時並ぶ店舗は300店弱だという。店で扱う商材の85%ほどは農産物、水産物、農水産物の加工品、飲食物という多くの朝市が扱う地元産品。残りの15%はアクセサリーや木彫りの商品を売る店、刃物研ぎ……と多種多様。中にはミシンのような“大物”を販売する店もある。ミシンは案外売れるらしいが、売れる秘密は主人の「顔」だと慶長さんは言う。 「もし家庭でミシンが壊れた時、お客さんはネットで修理店を探す前に朝市で会ったミシン店の主人の顔を思い出すはずです。そこが対面販売の良さ。また、あるリンゴ農家のリンゴを気に入ったお客さんが、農家と直接交渉してリンゴ狩りを楽しみ、それが何年も続いているという話もあります。そのような朝市の“外”での広がりにも期待しています」
同朝市には、毎回2万~2万5000人の来場者があり、朝市全体の売り上げは2000万~2500万円ほど。1店舗当たりの売り上げは平均7万円前後だ。各店舗にとって朝市の売り上げは貴重だが、それ以上にお客さんと楽しく話がしたいという理由で出店する店主も多いという。そのため、客の動線もほかの朝市とは異なると慶長さん。 「一般の朝市は、目当ての商品が買えたら帰るお客さんが多いようですが、館鼻は買った後に、いつもの飲食店で朝食を食べたり、いつものコーヒー店で朝の一杯を楽しんだりしながら、店主やお客さん同士で会話を楽しんでいます」。それが「地域コミュニティに育っている」と青森県八戸圏域のDMO(観光地域づくり法人)「VISITはちのへ」誘客推進課主査の宗前(そうぜん)勝さんは分析する。「朝市は商売の場ですが、そこでのおしゃべりを目的に来場する地元の人も多い。日曜日の早朝という短い時間にいくつものコミュニティが形成されています」
このように、お客さんが楽しく安心して朝市を楽しむことができる背景には、運営側の理事会が出店希望者をふるいに掛ける厳正な審査があるからだ。暴対法に抵触するような商売人の排除は当然として、「八戸で起業を目指す若者を応援する目的があるので、商売の基盤ができている人たちには遠慮していただいています。1次審査の書類選考で候補を絞り込んで、2次審査では面接とプレゼンテーションを通じて商品にかける熱意を語ってもらいます。6人の理事全員に熱意が伝われば合格です」
このような厳しい審査をパスした出店者に慶長さんが望むことは二つだけ。「楽しく商売をすることと、良い商品を売ることです」。それさえ守っていれば、運営側があれこれ口出しすることはない。
早朝しか開かない朝市は地元経済にも貢献
来場者のうち、地元の人と観光客の割合は7対3。観光客のうち1割がインバウンドだ。「インバウンドは台湾、香港、韓国が目立ちます。それも団体旅行ではなく、個人やグループが多い。観光客の皆さんは前泊するので、宿泊業など地元経済にも貢献しています」と慶長さん。
市内経済が潤う例として宗前さんは、「朝市と横丁のセットコンテンツ」を挙げた。横丁とは、八戸中心街に八つある飲食街のこと。観光客は朝の朝市と夜の横丁で消費するという「地域経済にとって良いサイクルができています」。
現在の同朝市の規模は全国でも最大級だが、慶長さんは「もっと国内外の観光客を増やしたい」と考え、情報発信に力を入れている。並行して同朝市の組織の近代化と会計の透明化、警備員やアルバイトの賃金引き上げなど、持続可能な朝市に転換するための体制づくりを進めている。
同朝市には、全国から朝市を観光資源にしたいと考える見学者が相次ぐ。慶長さんは朝市運営を成功させるポイントとして、「運営側が行政に補助金の交渉をして、器をつくって、そこに出店者に入ってもらうという、全てお膳立てをする方法では長続きしません。運営側は出店場所や駐車場の確保、警備は責任を持って行いますが、店については出店者が責任を持つという自主管理方式にすることが秘訣(ひけつ)です」とアドバイスしている。
冒頭の平安時代から続く朝市とは、能登半島地震で壊滅的被害を受けた輪島朝市のことだ。慶長さんは、「全国朝市サミット協議会」(館鼻、輪島を含め14朝市が加盟)の会員が協力して支援を行うことを決めて募金を募っている。ただ、「私たちの被災の経験から輪島の皆さんの今の気持ちも察しがつくので、皆さんが前を向いた時にすぐにお手伝いができるよう準備を進めているところです」
八戸を元気にした館鼻岸壁朝市の貴重な知見は、東日本大震災を乗り越えた東北観光をけん引するとともに、各地の朝市の活性化の大きな力となるはずだ。
会社データ
社 名 : 協同組合湊日曜朝市会(みなとにちようあさいちかい)
所在地 : 青森県八戸市城下4丁目1(加山珈琲内)
電 話 : 070-2004-6524
HP : https://minatonichiyouasaichikai.com
代表者 : 慶長春樹 理事長
従業員 : 30人
【八戸商工会議所】
※月刊石垣2024年3月号に掲載された記事です。
最新号を紙面で読める!