数字は、とかく「独り歩き」する。その根拠となる文脈や前提が抜け落ちて、間違った使われ方をしてしまう。先日公表された5年に一度の公的年金の「財政検証」。その報道を見て気がかりに思った。今回示された四つのシナリオのうちの二つは、政策によって目標が達成されることを前提に描かれた、経済の理想値である。数値通り実現するか雲行きは怪しい▼
財政検証は、今後100年にわたる公的年金制度の収支見通し、また、制度の持続可能性の検討を行う際の基礎的なデータだ。経済理論や計量モデルなど科学的知見をベースとした数値であっても、そこに政策的な意図が入り込む隙はある。シナリオが不確実性を伴うことを伝えなければ、人は情報の中から自分に都合のよいものだけを拾って数字の意味も調べずに安心してしまう▼
近年、天気予報の公表方法が進化している。雨の確率を時間ごとに数値で示して人々に判断を促している。晴れの確率が60%であっても、残り40%の確率で雨が降るのであれば、人々はそれぞれ対応を取る。生じる確率が分かれば、人々の行動も変わる▼
同様に、年金の見通しもシナリオごとの確率を示すことはできないか。そうすれば、将来像を悲観的に捉え心配する人々が、それに備えた議論を始める後押しになる。年金制度は国民の生活を守る社会の基礎をなす制度である。根拠の薄い楽観的な見通しで、改革の機運を弱め、結果的に人々を生活不安や困窮に追い込んでしまうことがあってはならない。政治家や政策当局者がすべきことは、無責任な安心を社会に振りまくことではない。人々が雨の日に備える議論を始めるための、将来の不確実性を明確に示した検証である
(NIRA総合研究開発機構理事・神田玲子)
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