長い期間、わが国はほとんど金利のない世界にいた。特に、日本銀行が“異次元緩和”を導入し、超低金利環境に拍車が掛かった。実質的に金利がゼロ=金利のない世界だった。ところが、最近、少しその状況に変化が出始めている。足元で、10年物国債の流通利回りは一時1・0%を超え、“金利のある世界”が現実味を帯びつつある。それに伴い住宅ローン金利が上昇するなど、今後、私たちの身の回りにもさまざまな変化が起きることが想定される。わが国では、“金利のある世界”に慣れていない人は多い。“金利のある世界”で、日常生活や企業の事業運営などにどんな影響があるか、準備を進めておく必要がありそうだ。
ここへ来て、わが国の経済環境はデフレからインフレ気味へシフトしている。その背景要因は複合的だ。世界的な人手不足で、賃金上昇ペースは依然としてコロナ禍前を上回っている。世界の企業にとって、人材確保に賃上げの必要性は高まっている。ウクライナ紛争や中東情勢などの地政学リスクを背景に、エネルギー資源や物流コストも増加した。中東の状況によって、エネルギー供給インフラが被害を受けるとの見方も強まり、欧州の天然ガス価格が上昇した。脱炭素やロシア制裁の影響で、銅などの価格も上昇圧力がかかった。これらの要因は、いずれも物価水準を押し上げている。
また、世界的な異常気象も物価上昇に影響した。オレンジ、カカオ、オリーブ、コーヒー豆、牧草、小麦などの穀物の生育不良は深刻だ。わが国では、円安の進行と価格の上昇により輸入物価が高騰し、一部では在庫がなくなり次第、販売休止になるオレンジジュースも出た。このように世界的にインフレ懸念は高まっている。
そうしたインフレ圧力によって、わが国の金利上昇圧力も高まった。5月下旬には、わが国の長期金利は一時1・10%をつけた。2011年7月以来、約13年ぶりの長期金利水準である。物価の安定を最重要の目的とする日銀にとって、さらなる物価上昇は抑えたいところだ。足元、わが国では名目賃金を上回るペースで食料、日用品などの価格が上昇している。人手不足などで賃金が上昇し、物流などの2024年問題もあり、サービス価格(持家の帰属家賃を除く)の上昇圧力も強まった。それは、経済成長にマイナスだ。
5月、日銀は国債買い入れ額を減額した。それをきっかけに、長期金利を中心に金利上昇は進んだ。小幅であるが、短期の翌日物の金利が上昇する場面も増えた。わが国は、“金利のない世界”から、“金利のある世界”に移行しつつあると見るべきだ。日銀幹部の発言の中でも、デフレ環境の終焉(しゅうえん)が視野に入りつつあり、物価も金利も上がらないとの“ノルム(思い込み、慣習などと訳されることも多い)”が変わりつつあるとの見解を示された。わが国のインフレ率は2%を上回る状況が続いている。外国為替市場での円安圧力もあり、わが国の金利の上昇余地は少しずつ高まっていると見るべきだろう。
低金利環境の下では、企業の借り入れ、住宅や自動車のローン、カードローン、普通・定期預金、資金運用などの金利は低かった。ところが、“金利のある世界”では、状況は大きく変化する。重要なポイントは、金利上昇で家計や企業などの金利支払い負担が増えることだ。まず、住宅ローンなどに影響が出る。既に、大手行やネット銀行は固定型の住宅ローン金利を引き上げている。企業の金利支払い負担も増える。人件費や資材価格の高騰に借入金利の上昇圧力が加わると、収益性が停滞した企業の財務内容は悪化することも懸念される。
世界的な異常気象や地政学リスク、人手不足による賃金上昇圧力など、当面、世界的に物価が高止まりする恐れは残る。わが国でも金利上昇の可能性は高まっていると見られる。金利上昇リスクから生活や企業の事業運営を守るため、われわれの頭の中を“金利のある世界”へと発想を変えておくことが必要になりそうだ。(7月13日執筆)
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