金価格が堅調な展開を続けている。今年の動きを見ても、株式などと比べて上昇率は相応に安定している。そうした金価格の動向から、投機筋なども購入に動いているとの観測もあり、当面、右肩上がりの展開を続けるとの見方が多い。
金価格が上昇する背景に、世界的にタイトな需給バランスがある。人々の金に対する一種の憧憬(しょうけい)もあり、需要は根強い。一方、供給はなかなか増えない。インドや中国、中東などで、個人の宝飾品ニーズは右肩上がりの基調を維持している。元々、金は安定した鉱物で耐食性に優れる。多くの人に保有の欲求があり、金の価値は太古の時代から安定してきた。それに対して、供給は伸び悩みの状態にあるようだ。近年の世界的な物価上昇で、掘削に必要な電気代、装置の維持費、人件費などは増えた。生産量はほぼ横ばいで推移している。金の鉱脈は見つかりにくいといわれる。最近の金価格の上昇については、金の価値が上がったというより、むしろドルなど通貨の価値が下がっていると見た方がよいかもしれない。
リーマンショック後、⾦地⾦や⾦貨としての保有は増加基調にあった。2020年の年初以降、コロナのパンデミックにより、世界の中央銀行は金保有量を増やした。21年、世界の中央銀行などによる金保有量は、31年ぶりの水準に達した。主な需要主体の中でも、中国などの中央銀行の金購入は相場を押し上げた。
ウクライナ紛争の勃発後、米国は事実上、ロシアをドル資金決済網から排除した。G7はロシア中央銀行の外貨準備の凍結を決定し、米欧は国際銀行間通信協会(SWIFT)からロシアの主要7行を締め出した。半導体や台湾問題で米国との対立が先鋭化する中国は、基軸通貨の米ドルに自由にアクセスできないリスクを認識しただろう。
昨年、中国人民銀行は723万オンスの金を買い越し、公的な機関として世界最大の買い手となったようだ。ドル依存を引き下げようとする中国の意思が読み取れる。山東黄金鉱業など中国の産金企業は、アフリカ、南米、中国国内などで鉱山を取得している。中国の個人投資家の金保有動機の高まりも、国有鉱山企業などの資産取得の要因だろう。ロシア産の割安な原油を輸入し、国内の物価上昇リスクの抑制、石油関連製品の輸出増加につなげたインドも、米ドル依存度の低下に取り組み、金の保有を増やした。中印以外の新興国の中央銀行も、外貨準備に占める金の割合を引き上げた。
今後の金価格の推移を見る上で注目点の一つは、世界が抱えるさまざまなリスクだろう。欧米主要国の政治リスクは重要だ。11月の米大統領選挙の結果にもよるが、インフラ投資、半導体などの補助金、国防関連の支出増で連邦財政は悪化する可能性が高い。また、米国社会の保守・リベラルの分断は一段と深刻化する恐れもある。大統領選を経て、米国の政治、経済、安全保障に対する不安は高まり、ドルが減価するリスクは上昇する可能性がありそうだ。ドルが下落すると、米国の双子の赤字(財政赤字と経常赤字)は拡大し、経済成長率が低下することも想定される。米国の政治不安は、欧州のポピュリズム寄りの政策を加速するかもしれない。極右や欧州懐疑派の政治勢力が台頭するフランス、オランダ、ドイツなどで、移民排斥や、ロシアに譲歩して天然ガスの安定調達を図ることに、支持が集まる可能性も指摘される。
米国の社会分断の深刻化は、ウクライナ、中東、台湾情勢にも波及する可能性がある。ウクライナ紛争が長期化すると、欧州のエネルギー調達コストは高まり、世界的にも天然ガスの需給が逼迫するかもしれない。中東情勢次第で、イランの革命防衛隊が原油や天然ガス輸送の大動脈であるホルムズ海峡の封鎖を言い出すことも考えられる。そうしたリスクを考えると、再度、世界的に物価上昇懸念が高まる恐れは残る。米欧の政治情勢が不安定だと、主要投資家が中長期的な視点でリスクを取ることも難しい。当面、金の保有を増やす中央銀行や主要投資家が増加する可能性は高いだろう。(8月14日執筆)
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