米国や欧州の自動車市場で、電気自動車(EV)の販売が鈍化している。それに伴い、“EVシフト戦略”の修正を余儀なくされる大手自動車メーカーが出てきた。
独フォルクスワーゲンは、東部ツウィッカウのEV工場で臨時工を解雇した。9月上旬、独国内工場の閉鎖検討も明らかになった。米GMやフォードなどにもEVシフトを見直す動きが出ている。独メルセデス・ベンツやスウェーデンのボルボは、2030年に全ての新車をEVにする経営目標を撤回し、ベンツは燃費効率の高い新型エンジンの開発に着手した。仏ルノーは、EV事業の新規株式公開を取りやめた。GMは、25年までに世界で100万台のEVを生産する計画が実現困難になり、フォードは、カナダで計画していた大型EV向けの投資を見送った。米国でステランティスや日産も、人員を減らすなどコスト削減に取り組んでいる。韓国では現代自動車がハイブリッド車(HV)を拡充する方針だ。
EVの売れ行きが鈍化している理由に、政府からの補助金がないと価格が相対的に高いことがある。一般的に、EVの生産コストの3~4割を車載用のバッテリーが占めるといわれる。欧米の大手自動車メーカーにとって、工場で消費する電力、人件費、工場用地、リチウムなど希土類(レアアース)を調達する場合のコストが比較的高いため、安価なバッテリーを入手することが難しい。
一方、中国はEV関連の促進政策を実行し、急速に生産体制を整備している。バッテリーでは世界最大手のCATL、完成車分野ではBYDや上汽通用五菱汽車(ウーリン)などは、政府支援などもあり価格競争力を高めてきた。また、中国政府はEVなど“新エネ車”の購入補助金を引き上げて需要を喚起している。
財政状態が悪化傾向にある日米欧諸国にとって、中国と同レベルの購入補助金などを支給することは容易ではないだろう。バッテリーなどのコストがかさむ分、日米欧でEVの販売価格はHVなど既存の車種を上回った。23年12月、ドイツ政府はEV購入補助金を停止し、フランス政府もアジアで生産されるEVを購入補助金の対象から外して、欧州のEV販売は鈍化した。米国などでも物価上昇などを背景にEV需要は減少した。
また、EVには従来から指摘されてきた問題点がある。リチウムイオン系バッテリーの安全性に関する懸念だ。8月、韓国インチョンのマンションの駐車場でEVから発火し、大規模火災が起きたとされる。以前にも、欧米メーカーのEVで発火問題が起きた。それに加え、社会全体で安心、安全にEVを利用するインフラの整備が遅れたことも認識され始めている。長距離移動が多い米国では、充電ステーションの不足などから、EVよりHVなどを選好する消費者が増えた。1~8月期、米市場でHVに強みを持つ日本メーカーの販売台数は好調だった。
EVに関して貿易戦争のリスクがあることも無視できない。欧州委員会や米国政府は、中国製EVに対する関税率を引き上げた。中国は産業補助金などを拡充して過度な価格競争を引き起こし、欧米諸国の雇用を脅かしているとの批判がある。中国政府としても、EVは自国産業の一つの柱と考えて積極支援策を打ってくるだろう。圧倒的な価格競争力を持つ中国メーカーに、欧米メーカーが対抗することは容易ではない。この状況が続くと、最終的にはEVに関して貿易摩擦が本格化することも想定される。
わが国の自動車産業界は、次世代の動力源の実用化に取り組む企業が多い。EVのほかにHVやプラグ・イン・ハイブリッド車(PHV)など全方位の姿勢で事業戦略を進めている企業もある。高い技術を持っているが故にできる経営戦略であるが、少なくともコストはかかる。今のところ、戦略がうまくワークしているものの、世界の自動車市場の変化は速く、しかも大きく変わることも考えられる。企業は、常に市場の変化などに敏感に対応することが求められる。わが国経済の中心的業界であるだけに、今後もその役割は重要だ。(9月14日執筆)
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