1998年、ファッションの先端地である東京・原宿に出店すると、多くの来店客を驚かせ、地方都市の繁盛店にとどまっていた企業に飛躍の糸口をもたらした商品がある。ファーストリテイリングが展開する「ユニクロ」の人気商品の一つ、防寒着の「フリース」である。
原宿店1階全てを埋め尽くすほど大量に陳列されたフリースは、当時一躍ブームを巻き起こし、2000年には全50色を販売。テレビCMも放映されるなど、ユニクロのフリースは日本中に浸透していき、2600万枚を売り上げる大ヒットを記録。今日では多くの消費者が愛用する冬の定番となった。
ライバルではなく顧客に集中せよ
もっとも、フリースはユニクロが開発したものではない。すでにアウトドアブランドによって商品化され、登山やアウトドアという限られた用途に向けた高級品という常識があった。1万円以上が相場だったものを、ユニクロは1900円で売り出したのだ。
その後も、軽くて暖かく、扱いやすいという本質的な魅力はそのままに、機能性・ファッション性の両面で進化を続ける。フリース素材を改良して保温性や着心地を向上させ、定番品のディテールを顧客の立場に立って見直し、より使いやすくアップデートしていった。
03年には機能性インナー「ヒートテック」を発売して冬の生活を暖め、07年には「エアリズム」を発売して夏の暮らしを快適にした。08年にはカップ付きインナー「ブラトップ」で女性を下着の締め付けから解放した。そして、これらいずれもが機能と品質を進化させ続けている。
もし、「ヒートテックはスポーツ用品メーカーのもの」「ブラトップは下着メーカーのもの」という常識にとらわれていたら、同社の今日の成長はなかっただろう。「業界は過去、顧客は未来、ライバルではなく顧客に集中する」とは、同社の柳井正会長兼社長の言葉として知られている。
ユニクロのヒットをまねて、多くの同業他社が追随した。しかし、ユニクロの商品より優れた差別化力に乏しく、新たな領域に挑戦する勇敢さを持ったファーストペンギンほどの成果を得られたことはなかった。
顧客以上に顧客を理解せよ
業界の内輪を見渡して「差別化」といい、同業他社との微細な比較にこだわっている限り、ライバルには勝てない。注目すべきは業界・同業の外にあることは、ユニクロの例からも明らかだ。ユニクロだけではない。いまや全都道府県の事業所にある置き菓子「オフィスグリコ」も、富山の置き薬という業界外をヒントに考案したといわれている。
柳井氏の言葉にあるように「顧客は未来」であり、「顧客に集中する」ことが重要だ。では、顧客はどのような存在であり、どのように集中すべきだろうか。「顧客は常に正しい」とは、米国の百貨店経営者、マーシャル・フィールドの言葉として知られている。米国東部の人気スーパーマーケット「スチューレオナルド」ではこの言葉をルール1とし、ルール2として「顧客が間違った場合、ルール1を読み返せ」と続け、事業の根本に顧客を置いている。全てのヒントは顧客が持っているのだ。
一方、アップル創業者のスティーブ・ジョブズは次のように言う。
「美しい女性を口説こうと思ったとき、ライバルがバラを10本贈ったら、君は15本贈るだろうか? そう思った時点で君の負けだ。その女性が何を望んでいるのか、見極めることが重要なんだ」
底の浅い安直な顧客理解は無意味だ、と同氏は戒める。確かに、いまでは生活に必要不可欠な存在となったスマートフォンの元祖「iPhone」が07年に発売される前に、顧客は誰一人としてiPhoneのような商品が欲しいとは思っていなかったはずだ。
顧客以上に顧客のことを考える。そこに真の差別化と革新のヒントがある。
(商い未来研究所・笹井清範)
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