Q 当社では定年を60歳とし、定年後は65歳まで1年契約で再雇用しています。定年後再雇用時の給与水準を定年時の60%としたところ、社員から低すぎるとクレームが出ました。どのくらいの水準ならよいですか。
A 定年後の給与と定年前の給与の差が不合理か否かは、給与総額だけを比べ判断するものではありません。また、定年後の給与水準が60%だから不合理でないとも、不合理だとも言い切れません。給与を構成する賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきで、かつ、定年後の給与が労使交渉を経て定まったものであれば、労使交渉の経過および結論も含め考慮し、不合理か否かを判断します。会社としては、労使交渉の経過も含めて社員に十分な説明を行うべきです。
定年前と定年再雇用後の処遇の相違
高齢者雇用安定法では、事業主に対して、65歳までの雇用を確保する措置を求めています(同法9条1項)。
定年後、有期労働契約で社員を再雇用する場合、多くの企業では、定年前と定年後で処遇を変えています。給与の仕組みも変わり、支給額も相当減額されるのが通例です。このようなときに、社員から会社に対して、無期労働契約(定年前)と有期労働契約(定年後)の不合理な労働条件の相違として損害賠償請求がなされることがあります。
法令の規定と最高裁の判断
有期労働契約の労働条件と無期労働契約の労働条件の不合理な差の禁止については、2018年の法改正により、「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(パートタイム・有期雇用労働法)」8条に規定されました。基本給、賞与その他の待遇それぞれについて、 ・業務の内容および当該業務に伴う責任の程度 ・業務の内容、責任の程度、配置についての変更の範囲 ・その他の事情 を踏まえ、その待遇の性質、目的を考慮して不合理な相違を設けてはならないと定められています。
2023年7月20日最高裁第1小法廷判決(判例タイムズ1513号80頁)では、定年再雇用後も業務の内容および当該業務に伴う責任の程度、当該職務の内容と配置の変更の範囲に相違がなかった自動車教習所の教習指導員について、原審は、定年再雇用後の基本給が定年退職時の基本給の額の60%を下回る部分を不合理と判断しましたが、最高裁は、基本給の性質やこれを支給することとされた目的を十分に踏まえることなく、また、労使交渉に関する事情を適切に考慮しないまま不合理と判断したことは労働契約法20条の解釈適用を誤ったものと判断しました。
この判決は、定年再雇用後の基本給が定年退職時の基本給の額の60%を下回っても不合理ではないとしたものではなく、基本給の性質、目的、労使交渉に関する事情をもっとよく審理して判断すべきとしたものです。ただ、定年後の基本給が定年前の60%を下回っても不合理とはいえない場合があることを示唆しています。
十分な労使間の話し合いを
ご照会の事例は、定年後再雇用時の給与水準を定年時の60%としたところ、社員から低すぎるとクレームが出たというものです。定年後の給与をどのような制度、金額にするのかは、定年前の給与制度も踏まえて制度設計する必要があります。
給与は、労働契約における重要な労働条件の一つで、労使の話し合いで決めることが望ましい事柄です。会社としては、社員を代表する者と十分に話し合い、できれば合意に到達するようにすべきで、仮に、合意に達することができなくとも、誠実に交渉し、その交渉経過も含めて社員に十分な説明を行うべきです。労使の話し合いを十分に尽くしたものであれば、社員からのクレームが出る可能性は低くなると思われ、裁判所に不合理と判断される恐れも少ないでしょう。
(弁護士・山川 隆久)
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