担い手不足や海外との価格競争など原因は数多くあるが、国内の一次産業が衰退していけば、地域経済も疲弊することと同じ意味を持つ。こうした背景に危機感を持ち、農林水産業を積極的に支援して、新たな雇用を生み出すとともに地域活性化に貢献している企業がある。
オホーツクを代表する建設会社 農林水産も事業化し地域貢献
北海道のオホーツク海側のまち、遠軽町(えんがるちょう)にある渡辺組は、土木や建築などを主事業として創業した。現在はグループ企業とともに、山林保全や木材加工、北海道産にこだわった農産物製造加工、水産加工、農業法人設立など、地域の農林水産業を積極的に支援している。「地域とともに未来を創る」を経営理念に掲げる同社は、さまざまな事業を通し、雇用面も含めて地域に貢献している。 自然豊かな地域の資源を活用多角的に事業を展開 北海道遠軽町は、紋別市の南側の内陸部に位置する、人口約1万8000人のまちである。山林が多い自然豊かな地域で、日本最大級の黒曜石原産地である赤石山を有し、その山麓に位置する白滝遺跡群からの出土品「北海道白滝遺跡群出土品」が2023年、旧石器時代の資料としては初の国宝に指定され、話題を集めた。
その隣に位置する湧別町(ゆうべつちょう)で1906年に創業し、59年に設立された渡辺組は、土木や建築などを主事業とし、道路整備や施設建設など、地域のインフラを支えてきた。 「湧別町では創業当時から、男性は土木や建築の仕事をして、女性は農業をするというのが当たり前でした。ですから、当社が農業に関する事業を始めたのも、自然な流れでしたね」と語るのは、同社会長で、遠軽商工会議所会頭も務める渡辺博行さんである。同社では60年代後半から、地域で生産されたとうもろこしなどの農産物加工を行ってきたという。また、同社の歴代代表が広い人脈を持っていたことから助けてほしいと頼まれることも多く、湧別町の水産加工場をグループ化した。この工場では、新鮮なホタテを加工し、冷凍用ホタテと乾燥貝柱の製造を行っている。さらに89年には木工センターを開設し、豊かな山林資源を活用した木材加工事業を本格化するなど、主事業を拡大しながら、地域資源を生かした事業も多角的に展開してきた。
山林・アグリ事業など法人設立で本格化
近年では、2016年に山林500haを取得し、山林事業を本格化した。この事業は、管理の行き届かなくなった山林を所有者から譲り受け、取得した山林を定期的にメンテナンスし、植林を行うことで、山林を保全しつつ、計画的で安定した木材供給を実現するというものだ。18年には、所有する山林を1000haに拡大し、さらに現在では1800haに拡大。今後は3000haにすることを目指している。
同社は18年、農業法人「アグリネクサス」を設立し、アグリ事業の本格展開を始めた。同法人では、かぼちゃやとうもろこしなどの農産物の生産、高付加価値野菜の研究開発や生産などを行っている。 「農業に携わる方々が高齢化しているので、例えばかぼちゃ農家は、せっかく生産しても重くて自分では扱いにくいため、離農してしまうのです。そういう農地をわれわれが引き受けて、農産物を生産しています」という渡辺さん。同社では農業の繁忙期になると、本社の従業員が農作業をしたり、遠征費を捻出したい地元高校の野球部員をアルバイトとして雇ったりするなど、農業の高齢化と人手不足を支えている。
また、アグリネクサスはワイン用のぶどうや、そばの栽培も手掛けている。山林の多い遠軽町は、標高差があるため寒暖差が大きく、そば栽培に適した土地で、これまでも同町産の良質なそば粉が東京や大阪のそば店で使われてきたという。しかし、そのそば粉を使ったそばを町内で食べることができなかったため、同社は自社農園のそば粉を使ったそば店「手打そば 奏(かなで)」を18年に開業した。
さらに同社は、20年には「株式会社オホーツクジビエ」を設立し、ジビエ事業を開始した。北海道では近年、エゾシカによる農作物への被害が大きく、遠軽町でも年間約1000頭以上が駆除されている。オホーツクジビエは、駆除されたエゾシカを有効活用するとともに、農業被害を削減することを目的として設立された。北海道でもトップクラスの衛生基準と設備で、高品質の鹿肉を食肉や缶詰などとして加工しており、東京の有名ホテルなどに提供している。
新社長就任年にコロナ禍 中国禁輸なども大きな影響
20年、渡辺博行さんの息子の勇喜さんが渡辺組社長に就任した。同年は、新型コロナウイルスのパンデミックが起きた年である。主事業である建設業には影響が少なかったものの、農産物や水産物の加工など飲食に関連する事業、ホテル事業などは、売り上げが激減して大打撃を受けた。 「令和の時代は、昭和や平成と違って人口が減っていき、災害が起きたり、コロナ禍があったり、大変だと思いますが、時代に合わせて、環境に配慮し、地域貢献をするということが増えていくと思います」と言う勇喜さん。同社では同年、事業継続計画(BCP)認定や、北海道働き方改革推進企業認定制度のシルバー認定を取得しており、21年には中小企業庁の「はばたく中小企業・小規模事業者300社」に選定された。さらに23年には、渡辺組ホールディングスを設立し、グループ会社10社を抱える、オホーツク地域を代表する企業となった。
一方、23年には、東京電力福島第1原発処理水の海洋放出を巡り、中国が日本の水産物の輸入を全面停止した影響を受け、グループ会社でもホタテの出荷ができなくなり、大きな打撃を受けた。また、同社は農産物を加工する工場を抱えているが、近年は地球温暖化の影響を受けて、原料である農産物が不作となり、十分に供給されない懸念がある。このため、同社は北海道全体のJAと直接取引をして、より良いものを安く仕入れられるように工夫しているという。 「都会ではないオホーツク地域にいても、世界情勢や地球全体のことを考えなくてはならない時代です。日本全体では人手不足が問題ですが、当社も例外ではなく、世界中から外国人材が来ています。そうした人材を活用したり、新たな機械を導入して省力化を図ったりしています」と勇喜さんは、同社のあらゆる事業において、厳しい現実に立ち向かっている状況を説明する。
食料安保に重要な北海道 農業土木でも生産者支える
国内における農作物の不作や食材の輸入が途絶えるなど、不測の事態が生じた場合でも、人が生きる上で最低限必要な食料の供給を安定的に確保することを「食料安全保障」という。この食料安全保障について、重要な地域は北海道であると国が示していることを踏まえ、同社の今後について、勇喜さんは次のように見据えている。 「当社は農産物や水産物の加工をしていますし、土木事業では土地改良などの農業土木によって、直接的に生産者の方々を支えています。一次産業の担い手である北海道の役割や重要性は、これからもますます増えていくと思います」。また、会長の博行さんは、地域全体について、商工会議所も入居している遠軽町芸術文化交流プラザの施設としての質の高さや、高校生の部活動が全国レベルであることなどを挙げ、「農産物では全国的に知られているものがまだないので、これからブランディングしていきたい」と今後の展望を語った。
会社データ
社 名 : 株式会社渡辺組
所在地 : 北海道紋別郡遠軽町南町3丁目
電 話 : 0158-42-3171
HP : https://watanabe-gumi.com
代表者 : 渡辺勇喜 代表取締役社長
従業員 : 123人
【遠軽商工会議所】
※月刊石垣2024年12月号に掲載された記事です。