消費減少の酒 需要喚起へ
東京23区唯一の酒蔵である「東京港醸造」の醸造責任者である寺澤善実氏にお話を伺う機会がありました。
この酒蔵は、港区で東京タワーが近くに見える大都会の狭小ビル内に居を構えています。しかも、仕込みには東京の水道水を使用。日本酒づくりの概念を覆す発想の小規模醸造所で、注目度が高い存在です。メディアの取材も頻繁に行われています。
話題先行でおいしくないに違いない……と思い込んでしまいがちですが、いただくと、複雑な味わいと香りで十分楽しめるレベル。そんな、話題の酒づくりをしている寺澤氏にお話を伺い、印象に残ったのが「小さくつくることもイノベーション」という言葉でした。ちなみに寺澤氏は東京駅構内の、わずか約23平方メートルのスペースでの日本酒づくりも行っています。
「こうした小さな酒づくりを極めることが日本酒の需要を喚起していく。だから、東京港醸造の酒づくりをまねた酒蔵が全国で増えてほしい」と話してくれました。
小さくつくることで、味わいや香りに冒険ができます。一方で大量生産できないから、売れ筋商品の品切れが起こりがち。そんな課題はあるものの、消費が減少傾向の酒造業界で生き残る手法として、小さな酒づくりは注目すべきと痛感しました。
東京港醸造には、すでに全国から同様の酒蔵を立ち上げる相談が幾つも舞い込んでいるとのこと。今後の動向に注目しましょう。
少数精鋭で稼ぐ 消費者の声反映も
さて、ビールやワインでは小さな酒づくりが先行して始まっています。ビールは800カ所。ワインは400カ所まで増えました。日本酒でも100カ所以上できるかもしれません。ここで注目すべきは、「小さな酒づくりの収支はどうなの?」ということです。例えば、国税庁のワイナリー経営に関する調査では、赤字経営が3割以上。小さな酒づくりで稼ぐのは簡単ではないのです。
それでも経営が順調で、稼げているケースは幾つかあります。ポイントは大きく二つ。一つめは固定費を最小限に抑えた少数精鋭主義。例えば、日本酒づくりで分業化されがちな工程を1人で全てやり切れるような体制にする。二つめはトライ&エラーの繰り返し。消費者の声、売れ行きなど、状況把握から改善を速やかに行う。こうした点を徹底的にこだわり、稼いでいるケースは幾つもあります。
例えば、アウグスビール(東京都)は飲食店舗併設型の醸造所を開発。状況把握に活用して改善に取り組んでいるようです。また、東京港醸造は酒づくりの全工程をわずか2人で機動的に実施。こうした工夫を凝らすことで、次世代に生き残る小さな酒づくりの施設がたくさん出てくることでしょう。
(立教大学大学院非常勤講師・高城幸司)