民主主義が危うい時代である。そもそも危うい均衡の上に漂うのが民主主義の宿命である。せいぜい50人程度の集団で生活していた初期人類の時代なら、狩猟の方針などを巡って全員一致の見解を見出すのは容易だった。だが集団の規模が数百万単位の国家になれば、国民の意見は一つにならない。こうして意見が違う人々とともに生きてゆく仕組みとして考案されたのが民主主義である▼
「民主主義は最悪の政治形態だ。ただしこれまで試みられた民主主義以外のすべての形態を除いてだが」とチャーチルは言った。よりましな制度に過ぎないが、これ以上の制度はないという意味にも取れる。チャーチルはナチスを倒すためにソ連のスターリンと組む苦渋の決断をした▼
レーニンからソ連を継いだスターリンはすべての権限を自分に集中させた。自分を脅かす恐れのある者を次々と粛清した。疑心暗鬼となった者のこわさである。軍や党の指導者の半数以上を処刑し、魔女狩りさながら反革命分子とされた数千万人を収容所に送った。最高指導者は常に正しいとされる「異論の存在しない体制」が行き詰まってソ連は崩壊した▼
民主主義の知恵は、人が間違いを犯すことを前提に異論を許す点である。むろん政府も誤りを犯すから指導者や議会の任期を定めて選挙を行う。さらに野党が存在し、報道の自由が確保され、そして独立した司法がある▼
いま民主主義を危うくするのはソーシャルメディアによる選挙と報道への侵食である。自ら学習するAIは視認率の高いSNS上の投稿を(フェイクであっても)長時間さらす。人の指示ではなくアルゴリズムが推奨するためである。むき出しの憎悪や憤慨が民主主義をゆがめてはなるまい。
(コラムニスト・宇津井輝史)