昨今の先の読みづらい経済環境の中では、過去の実績や常識に頼って乗り切ろうと考える経営者もいるだろう。一方で、「企業が売りたいモノ」より「消費者が欲しいモノ」を、と視点を変えて新たな一歩を踏み出す女性経営者がいる。モノが売れない時代だが、女性経営者は、いかにして壁を越えることができたのか。
県内産米で地域の食文化を未来につなぐ 老舗企業七代目女性社長のしなやかな挑戦
永江製粉は、島根県松江市で製粉と製菓・製パン材料の卸売を中心に事業を行っており、全国のそば店、山陰地方の和洋菓子店、ベーカリー、製麺会社、レストラン・カフェなどを顧客としている。同社の永江美紀社長が就任以来最も力を入れているのが、拡大する米粉需要への対応とBtoCの事業展開。女性ならではの柔軟な発想で開発した数々の新商品を通じて、新たな需要の掘り起こしと商圏の開拓を進めている。
社長就任の直後にコロナ禍 YouTubeで経営の勉強
永江製粉のある松江市は城下町。江戸時代から茶道が盛んで和菓子店の数が多いことから、京都、金沢と並び「日本三大菓子処」の一つとされている。また、「割子(わりご)そば」で知られる出雲そばの発祥の地でもある。永江製粉は、1875年に米穀粉業で創業以来、150年にわたり山陰の食文化を支えている。社長を務める永江さんは、直系の七代目社長で、2019年11月に事業を承継した。 「五代目社長の父が急逝し、六代目社長の夫と、母が二人で会社を経営してきました。しかし母が体調を崩し、18年に私が会社に入りました。その1年後、夫が社長を辞任することになり、私が社長を継ぎました」
当時、社長を後継するのにふさわしい候補者は社員の中にもいたが、それまで世話になってきた社員に会社の借入金を背負わせるわけにはいかない、と考えた永江さんが自ら手を挙げた。しかし、家業ではあったものの、永江さんはその1年前までは会社の経営に全くタッチしておらず、そのための知識や経験が足りなかった。幸い、ベテランの社員たちがサポートしてくれたため、問題なく会社を回していくことができた。 「経営の勉強をしようと思っていたときにコロナ禍になり、YouTubeで経営関連のセミナー動画を数多く見ました。ただ、それが自社に当てはまるのかどうかが全く分からず、苦労の連続でした」
お団子づくりの体験を子どもたちに届けたい
永江製粉は、主に米粉とそば粉を製造しており、米粉は島根県産米のみを原料に、日本酒醸造に使われる湧き水に浸し、昔ながらのきねつき製法にこだわっている。そば粉は中国地方をはじめ全国の原料を使い、石臼の種類や粉の細かさ、つなぎの割合などオーダーメードの生産を行っているのが特徴だ。 「会社を長い間続けてこられたのは、生産者さんのおかげです。その恩返しをするために私にできることは何かと考えた時、売り上げが減ってきた家庭向けのだんごの粉の売り上げ向上に貢献したいと思いました。以前はお団子は家で親と子どもが一緒につくって食べていましたが、時代とともに家庭環境が変わり、このままではその習慣がなくなってしまう。そこで、お団子をつくる楽しい体験を届けたいと考えたんです」
そのころ、会社のホームページ作成を依頼していたデザイン会社から、だんごの粉を使って、お月見にちなんだ商品をつくりませんか、と提案された。三方(台)に載せて飾る日本の伝統文化を体験できる商品にするため、台形の箱をパッケージとして採用。柔らかくて崩れやすい団子をピラミッド型に積み上げるために刺す串と敷紙をセットにした。そのまま串を持って食べられるため、一石二鳥の工夫となった。そうして完成したのが「お月見キット」だ。 「それが、島根県商工会議所連合会が出展する東京の食品展示会の出展商品の一つに選ばれ、出品しました。評判は良かったのですが、商談成立にはつながりませんでした。私にとって初めての商品開発でしたし、流通の勉強も不足していました。初年度は地道に地元で販売していきました」
地元では、生活雑貨店や土産物販売店、洋菓子店などに商品を置いてもらい、最初の23年は、お月見までの3カ月間で約500個と、想定内の売れ行きだった。
創業150周年記念商品を社員たちと一緒に開発
翌24年に入ると、少しずつ事態が動いていった。2月にはお月見キットが「山陰広告賞2024」(山陰広告協会主催)のパッケージ・プロダクト部門で金賞を受賞。その年の売り上げは微増だったものの、年末以降は企業からプレゼント企画に使いたいという要望が来るようになった。そのため、今年はさらなる売り上げ増が期待される。 「また、今年は創業150周年なので、米粉を使った記念商品を出すことにしました。地域のスーパーは地産地消をうたっているところが多く、島根県産の米粉の需要が多くありました。そこで、和菓子店に納めている米粉で新商品をつくることにしました。実は、お月見キットのときは私一人で進めていったので、今回は社員と一緒につくりたいと思い、新商品開発チームをつくり、各部署から1人ずつ入ってもらいました」
150周年記念商品であるため、パッケージはデザイン会社に依頼して3パターン作成し、社内とSNS上でのアンケートで決定。ネーミングは社内で公募し、そこから永江さんが選んで決めた。それが、4月に発売した「ご縁の国しまね 匠の米粉」である。まずは島根県内のスーパーで販売を始め、「島根の米粉といえば匠の米粉」と言われることを目指している。 「これを、小麦粉の代用品ではなく、米粉でつくるとおいしいからと選ばれる商品にしたい。そして、島根県産のお米のおいしさをもっとPRしたいと考えています。自分が女性経営者だから苦労したとは考えていません。商品を売るよりも、地域への恩返しと体験や文化を届けたい、という思いが強いことが、女性経営者としての自分の強みではないかと思っています」
しなやかな発想と行動力で長寿企業に新たな風を吹き込む永江社長。女性経営者ならではの感性と覚悟を持って、地域の食文化を未来へとつないでいる。
会社データ
社 名 : 株式会社永江製粉(ながえせいふん)
所在地 : 島根県松江市西嫁島1-1-11
電 話 : 0852-26-0123
代表者 : 永江美紀 代表取締役
従業員 : 16人
【松江商工会議所】
※月刊石垣2025年8月号に掲載された記事です。