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アジアの風〜ビジネスの先を読む〜 米中貿易戦争で変わるアジア生産

2017年11月、共同記者発表で握手するトランプ米大統領(左)と中国の習近平国家主席(北京の人民大会堂) 写真提供:共同通信社

トランプ大統領が、今年3月に戦端を開いた米中貿易戦争は、米中両国首脳が妥協点を探りながらブラフを繰り出す心理戦にとどまると思いきや、双方が500億ドルまで25%の追加関税をかけ、さらに米国側は2000億ドルまで追加関税の対象を拡大しようという強硬な展開となっている。筆者自身は3月当時、中国側が一歩譲る形で、短期間に解決すると考えていたが、今はその不明を恥じるのみ。

今後を考えるにあたり重要なのは攻勢をかけるトランプ政権側の三つの戦略ポイントである。第1は年間5000億ドルを超える米国の貿易赤字の縮小。第2は赤字縮小のための米国への生産拠点の回帰。第3は中国の産業競争力、特にICT、航空宇宙、バイオの三分野をめぐる研究開発力の抑制である。

第1の米国の貿易赤字は過半が対中赤字であり、中国向けの輸出を増やし、中国からの輸入を減らすことが対応策となる。これを1980年代の日米貿易摩擦に照らして考えると、米国企業が当時の日本、今の中国に向けて輸出を拡大しようとしても、輸出可能な製品は限られており、仮に輸出を拡大できても原材料が中国産で貿易赤字縮小につながらない。となれば、対応策の柱は中国にある生産拠点を米国に回帰、移転させることになり、第2のポイントにつながる。コスト競争力など米国への回帰には厳しい面もあるが、関税の上積みや米国の州や都市の進出優遇策が一定の効果を発揮する可能性がある。

こうした中で、日本の中堅・中小企業にとって深刻な問題は、中国にあった米国企業や日本企業、台湾企業などの工場が米国に移転して中国や東南アジアに置いた拠点が販路を失うリスクである。中国や東南アジアの拠点から米国に引き続き輸出するのは貿易戦争が続く限り困難であり、米国にとって本質的な貿易赤字のリスクはなくならない。大手製造業を米国に回帰させ、サプライヤーも「右に倣(なら)え」とさせるのがトランプ大統領の考えで、米国の大手企業が中国に置く工場や研究開発拠点が知的財産の漏洩(ろうえい)の最大の要因と考えているからだ。第3のポイントの背景である。

トランプ大統領の仕掛けた貿易戦争は思いつきでも感情的でもなく、実は一貫した戦略がある。その中で日本企業は、一部で語られる「漁夫の利」ではなく、米中間の「股さき状態」となる恐れが高まっている。納入先を多角化する販路拡大こそ急務なのである。

後藤 康浩(ごとう・やすひろ) 亜細亜大学 都市創造学部教授 早稲田大学政経学部卒、豪ボンド大学MBA取得。1984年日本経済新聞社入社、国際部、産業部のほかバーレーン、ロンドン、北京などに駐在。編集委員、論説委員、アジア部長などを歴任した。2016年4月から現職。アジアの産業、マクロ経済やモノづくり、エネルギー問題などが専門

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