地方の衰退・人口減少が止まらない。そうした状況下で地域の特徴的なまち並みや地域企業の工場、ものづくりの技術などを活用し、新たな観光資源とすべく取り組んでいる地域がある。「何もないまち」などなく、地域に埋もれた素材をどう生かすか。あなたのまちでも今すぐ取り組める、四つのモデルケースを紹介する。
斬新なアイデアと行動力でファンを獲得 来館数激減から全国人気No.1へ
高知県有数の景勝地、桂浜。その浜辺の一角に桂浜水族館はある。広くもなく、新しくもなく、世界屈指の海洋生物がいるわけでもない。ないない尽くしだが、「水族館人気ランキング」(ねとらぼ)で、2021年~24年の4年間で3度、全国1位に輝く快挙を果たした。風光明媚(めいび)な砂浜で、県外や海外からも〝わざわざ〟足を運びたくなる〝アバンギャルドな水族館〟として爆走中だ。
お客さまを待つだけの受け身体質からの脱却
インターネット投票で、人気水族館ランキング1位を獲得した水族館。そう聞いて訪れた人は、意表を突かれるかもしれない。数々の幻想的かつきらびやかな大型水族館を抑え、堂々1位の桂浜水族館(通称、ハマスイ)は、小規模で昭和レトロな雰囲気が漂う。
「創立は1931年。初代館長は網元で、底引き網で取った地元の魚を展示し、釣り堀を併設したローカルな水族館としてスタートしました。88年に瀬戸大橋ができた頃が全盛期で、年間約21万人の来館者があったそうです。それがじわじわと右肩下がりで、〝あの一件〟で7万人にまで落ち込みました」
館長の秋澤志名さんが語る〝あの一件〟。それは、2014年に起きた飼育員一斉退職だ。飼育員9人中5人が辞め、新聞にも取り上げられた。当時、嘱託社員だった秋澤さんが、副館長(18年より現職)に抜てきされ、同館の立て直しが図られた。
「戻ってきてくれた飼育員もいて、私を含めて総勢7人。幸い経営は赤字ではなかったので、資金繰りよりもマイナスイメージの払拭と人材不足が課題でした」と秋澤さん。全盛期の「待っていればお客さまが来る」という成功体験から、受け身の運営になっていたことを見直し、〝攻め〟の改革を進めた。
15年、開館85周年に向けて掲げたスローガンが「なんか変わるで! 桂浜水族館」。言葉通り、具体的な戦略は何もなかったと笑う。
見た目も性格も過激な公式キャラクターを創出
実際、同館で展示される魚の色は、黒やグレー、シルバーと渋い。「スーパーの魚売り場みたい」とも嘲笑されたが、それを逆手に取って「食べられる魚」として見せ、おいしく食べる方法を紹介した。さらに、ほとんどの生き物に餌やりができるなど、お客と生き物との距離の近さをPR。10代、20代の来館を増やすべく、異色のマスコットキャラクターもつくった。「おとどちゃん」だ。デザインを担当したのは、デハラユキノリさん。音楽バンド「いきものがかり」のアルバムジャケットを担当したことで知られる、高知市出身の売れっ子フィギュアイラストレーターだ。 「個人的なつながりがあって、二つ返事で受けてもらえたのですが、色付け前の白い状態でも、従業員から『本気ですか?』と心配されるほどのインパクトがありました。色が付いたら印象が変わるかもしれないと、みんなを説得して進めたら……、後に引けなくなりました」
実質「満場一致の不評」という不名誉の中、おとどちゃんは16年4月に爆誕した。
だが、そのおとどちゃんが流れを変えていく。ハマスイは、四国で唯一トド、アシカ、オットセイが一度に見られ、日本三大怪魚の一つに挙げられるアカメの群泳も観賞できる。だが、もともと水族館に興味のある人ならいざ知らず、ない人の来館の動機としては弱い。そこで、クローズアップしたのが飼育員だ。〝推しの飼育員〟に会いに水族館に行くという、今までにない新たな流れをつくったのだ。活用したのはSNSで、担当したのがおとどちゃんだ。公式X(当時ツイッター)でのおとどちゃんの公式らしからぬ投稿が話題になっていった。
来館する・しない問わずファンを増やす情報発信
「SNS対応は昼夜問わずになるので、おとど専属で人件費を割きました。過激な投稿に炎上して、おとどが落ち込むこともありますが、責任は私が取ると言って自由にやってもらっています。従業員にも『やったことないなら、やったらいいやん』と言い続けました」
そして、従業員も動いた。節分の日に本気の鬼メイクが「怖すぎる」と注目される写真や、「お客さんがいなさすぎて、このままでは給料が出ません!!」という悲痛なコメントとともに飼育員3人が土下座する写真をアップした。秋澤さんの指示ではなく自主行動だ。こうしたハマスイの〝奇策〟は、日本テレビの深夜番組「月曜から夜ふかし」で紹介され、それを機に、全国区になっていく。来館者数は右肩上がりに回復し、19年には高知市観光協会から「高知市観光復興に大きく寄与した」として表彰もされた。
コロナ禍では、YouTubeチャンネルの投稿を活発化させ、飼育員の写真集『桂浜水族館公認 飼育員のトリセツ』(辰巳出版)や、おとどちゃんのエッセイ本『桂浜水族館ダイアリー』(光文社)を出版。ハマスイの公式Xのフォロワー数は25万人を超え、来館者数はコロナ禍前より増え、約12万人にも伸びた。「優良従事者賞」「心のバリアフリー認定施設」「こうちSDGs推進企業」として評価され、地域資源としての存在価値を高めていった。
「従業員の向き不向きを見極めて、お客さまも従業員も楽しめることを次々やって、今があります」と秋澤さん。高知商工会議所の会員企業との交流も活発で、「連携して地域を盛り上げていきたい」と前向きだ。桂浜周辺も新しい商業施設ができ、宿泊施設の営業再開計画もある。地域を巻き込んだ〝なんか変わるで!〟の可能性は大いにありそうだ。
法人データ
社 名 : 公益社団法人桂浜水族館(かつらはますいぞくかん)
所在地 : 高知県高知市浦戸778 桂浜公園内
電 話 : 088-841-2437
HP : https://www.katurahama-aq.jp
代表者 : 秋澤志名 館長
従業員 : 26人(パート・アルバイト含む)
【高知商工会議所】
※月刊石垣2025年10月号に掲載された記事です。
