千葉県内トップクラスの米の生産量を誇る香取市。同市の北部に広がる水郷・佐原で、HSSは農業関連商社として事業を展開している。地域農業が衰退する中、四代目で代表取締役に就いた羽生惣亮(はにゅうそうすけ)さんは、慎重かつ大胆に数々の新規事業に乗り出し、時代に即した農業経営の変革をリードしている。
過度な英才教育の反動で家業にも親にも背を向ける
〝北総の小江戸〟と称される旧佐原市。2006年に香取市に合併後も、水運で栄えた古いまち並みを残し、一年を通じて国内外の観光客でにぎわいを見せている。
この地で創業したHSSは、創業家が代々継ぎ、25年で100年を迎えた。現代表取締役である羽生惣亮さんで四代目、羽生家の当主として三十八代目。1200年ごろから続く旧家の老舗企業である。
「元は茨城県の庄屋で、水戸徳川家が常宿とする宿も営んでいたと聞いています。幕末から明治の初めごろに今の佐原に移ってきたのも、時代の一大変革期に、豪商がひしめく活気ある水郷に商機ありと感じてのことだと考えられます。そして、曽祖父が自身の名を冠した『羽生惣吾商店』として創業し、農業用肥料の販売や、米の物流・小売業を始めました。24年に合資会社から株式会社にし、社名をHSSに変えましたが、主力事業は変わりません」
そう語る羽生さんは、幼少時から父親には後継者として、母親には家業に関係なく自立できるようにと、目的は違っても、ともに教育熱心な両親に育てられたという。
「水泳やサッカー、野球、習字、ピアノ、英会話など、あらゆる習い事をさせられました。放課後は遊ぶ暇なし。習い事の予定でびっしりです」と語る。そして、その反動で「反抗期は相当なものでした」と苦笑する。家業を継ぐことも、習い事も「NO」を示し、サッカーや野球に没頭した。だが、先天的な心疾患があり、才能があってもプロの道には進めない。自暴自棄となって進路を棒に振る言動を繰り返したという。
工場新設を条件に家業入り 入社3年で売り上げを倍に
だが、母親が肺がん、それも末期と発覚して自身を律した。 「ビジネスを本気でやろうと思い、千葉商科大学在籍中に猛勉強して、名のある商社からの内定が決まりました。しかし、その矢先に、父から名古屋の就職先に行くことを命じられます。家業に入る前の修業として、勝手に入社の話を進めてしまったのです。これにはもめにもめましたが、穀物商社だからと説得されて、渋々承諾しました。思い描いていた商社ではなかったものの、会社の業績を伸ばせたことで自信はつきました」
約2年半勤め、2006年、26歳で羽生さんは家業に入ったが、家業入りには条件を付けた。それが精米工場の新設だ。
「先代までは玄米のみの物流と小売だったので、利益率向上や販路拡大に向けて、精米加工をやらない手はありません。地元スーパーに飛び込み営業などをして地道に販路を広げ、精米工場は稼働からわずか2〜3カ月で、フル稼働しても間に合わないほどになりました」
