「スーパーゼロ」という軽量で吸水性抜群の撚糸(ねんし)を開発し特許を持つ、浅野撚糸株式会社の浅野雅己社長が、「徳」について語ったことがあります。
「徳」とは、思いやり、誠実さ、勇気、公正さといった道徳的に価値のある特質を指し、他者や社会に良い影響を与える行為(善行)全般を意味します。浅野氏は「運」の大切さと、運をもたらすために「徳」を積むことの重要性をよく話されていて、「徳」積みの考え方について、次の三つを説いています。
①自省。常に自分や自社を顧みること。自分の非を認めず他人のせいにしていると、「徳」が減ります。
②大義。人の価値観、基本的信念や理念が正しい場合は、自分の思う大義に突き進めば「徳」は積まれます。人に迷惑をかけてもいいなどと、自分勝手な考えを大義として掲げても、「徳」を積むことはできません。
③苦労。苦労は自分の慢心や見えという心の毒素を取り除き、謙虚という清浄な「徳」をため込む器になります。苦労していない人は、「徳」の存在すら気付きません。
この考えは、オンリーワンの製品開発や、被災地での工場建設などを行ってきた浅野氏の経営哲学に反映されているように感じます。特に苦労をすることで自分が謙虚になる、という経験は私も重ねてきた気がします。
実家の家具工場が倒産して人手に渡り、債権者に袋叩きに遭う父を見てショックを受けたのが、私が中学1年の時のことでした。父は莫大(ばくだい)な借金をして再起し、私が中学3年の時に10階建てのビルを建ててディスカウントショップを開店しました。当時進学校に通って東大を目指していた私ですが、休みの日は朝から晩まで店を手伝い、家族の昼食や夕食をつくり、平日も父を手伝い深夜まで商品の値付けをしました。
東大受験は失敗したものの、数学への志は強く、早大の大学院に通っていた時、実家が火事になったので、中退して父の会社に入りました。周囲の人から、「おまえも苦労するなー」などと言われましたが、ただ親の助けになりたいと思っていただけでした。そういった育ち方のおかげでしょうか、人の痛みや苦しみは分かる気がします。
お付き合いする社長の中には、幸か不幸か全くの苦労知らずという方もいます。そういう方の中には、頭が良く礼儀正しいのに、弱者に対して傲慢(ごうまん)な態度をとる人がいて驚かされます。
「徳」とは、必死で生きた結果、身に付けた特質といえるでしょう。それが見えない部分で人間関係の基礎となり、事業にも影響しているのではないでしょうか。自分を含め周囲の方の「徳」について、一考の必要があるかもしれません。

