日本には、特定の分野において日本一、世界一の市場シェアを持っているニッチトップ企業が意外に多い。そこで、2020年新春第1弾は、シェアNo.1を獲得し、その地位を維持し続けている企業の“譲れない”プライドに迫った。
事例1 世界各国の菓子事情に合わせて改良した「全自動どら焼機」世界シェアNo.1に
マスダックマシナリー(埼玉県所沢市)
マスダックマシナリーは菓子製造機械メーカーとして、全自動どら焼機やトンネルオーブン、充填(じゅうてん)成型機などを製造している。なかでも「全自動どら焼機」は、全国シェアの約9割を占め、海外では各国の菓子事情に合わせた製品がつくれる「サンドイッチパンケーキマシン」として、同様の菓子製造機では世界シェアのほぼ100%を占めるまでに至っている。
大量生産への産業変換期に全自動どら焼機を開発
マスダックマシナリーは、株式会社マスダックのグループ会社として機械の製造事業を行っており、2019年4月にマスダックから分社した。ほかに食品事業を行うグループ会社として「東京ばな奈『見ぃつけたっ』」など菓子生産のOEM事業を行うマスダック東京ばな奈ファクトリーがある。19年3月期のグループ全体の売上高137億円のうち、機械事業が約78億円、食品事業が59億円で、機械事業の売上高の20〜30%が海外との取引となっている。
マスダックは、1957年に新日本機械工業株式会社として創業した。それ以来、菓子を製造する機械の開発・製造を続けている。その礎を築いたのが、創業者の増田文彦さんである。現社長である増田文治さんの父親にあたる。
「私の父は会社を設立すると、下請けをしながら、お菓子やパンを製造する機械の研究をしていました。そこで、日本人ならあんパンだろうと完成させたのが、あんパン製造機です。製パンメーカーにお披露目しましたが、パン職人の動きをそのまま機械化したために部品点数が多くなってしまい、取り扱いが難しくて実用化には耐えられませんでした。ただ、そういう取り組みをしたことが業界の方々にインパクトを与えたようで、こういったものがつくれる機械を考えてくれないかという要望がいくつも来るようになったのです」と文治さんは説明する。
時は高度経済成長期。それまでの物がなかった時代から大量生産へと転換していった時期で、スーパーマーケットが全国で増えて大量のパンや菓子が売られるようになり、そのための生産機械が求められていた時代だった。文彦さんは最初に桜餅製造機を完成させると、次にどら焼き製造機の開発に成功した。創業から2年後の59年のことだった。
「ある会社から依頼されて開発したのですが、最初はどら焼きの皮を焼くだけの機械でした。そこから、あんこをはさむ工程も機械化できないかとなり、ついには全自動どら焼機が完成したのです」
新たな市場を求めて海外へ展示会での実演が大好評に
全自動どら焼機は独自に開発したもので競合相手はいなかったが、さらなる改良を続け、店により異なる材料の配合や焼き具合などに対応できるようにし、多くの店から発注を受けるようになっていった。
「創業当初からのポリシーが『はじめに菓子ありき』で、それぞれのお菓子屋さんの味やつくり方を大事にしてきました。どら焼きに始まり、和菓子から洋菓子、菓子パンと、要望があればそれに応えて開発していったのです」
父親の後を継いだ文治さんは、81年に新日本機械工業に入社し、バブルが崩壊して会社の売り上げが落ち続けていた99年に社長に就任した。厳しい船出の中、今後の発展は海外市場にあると考えた文治さんは、2002年、パリで開催される製パン・製菓の国際見本市「ユーロパン」に、同業者とともに出展した。会場に展示したのはコンパクトな全自動どら焼機で、ヨーロッパではなじみのないどら焼きに代えて、パンケーキにチョコレートクリームを挟んでつくる実演を行った。
「見ている人たちに試食を勧めましたが、向こうの展示会ではそういう習慣がなく、最初は誰も食べませんでした。ようやく一人が食べて『おいしい!』と言った途端、ほかの人たちも次から次へと食べだした。それからは実演をすると黒山の人だかりになり、想像を超える人気になりました」と文治さんはうれしそうに振り返る。
翌03年には、ドイツで開催される世界最大の製パン・製菓産業の見本市「iba」展に、今度は単独で出展。量産型の全自動どら焼機を持ち込んで「サンドイッチパンケーキマシン」として売り込んだところ、多くの受注に成功した。
「ヨーロッパのお菓子は大量生産か手づくり専門店のどちらかで、製造機は生産能力が大きくないと相手にされません。日本では標準で1時間2400個ですが、ヨーロッパの要望はその10倍以上です。なんとか1時間6000個の機械をつくって持って行きました。それでもまだ足りず、生産能力を1万2000個にまで増やして、今はそれがうちの海外向け製造機のスタンダードになっています」
自社の技術を現地の実情にいかに合わせていくか
展示会での成功を受け、04年には現地法人のマスダックヨーロッパ(現・マスダックインターナショナル)をオランダに設立。オランダ人パートナーとともに、海外市場の開拓を進めていった。
「現地法人を設立してからも展示会には出展を続け、顧客を増やしていきました。パンケーキは世界的にポピュラーな食べ物ですが、それで何かをサンドした製品はあまりありませんでした。しかも、その表面に人気キャラクターの焼き印を入れれば、子供のおやつにもちょうどいい。それを製造できる機械はほとんどうちでしかつくっていないものですから、それで自動的にシェア・ナンバーワンになったわけです」と文治さんは笑う。
その後は、ヨーロッパの協力工場で、現地のスタンダードに合わせた大型の製造機を生産する体制を構築した。そこでは、日本とは違う思考で機械が設計されていた。
「衛生面や安全面もそうですが、工場ではいろいろな国から来た労働者が働いているため、さまざまな言語への対応や、誰がどんな操作をしても安全な設計にするという工夫がとても進んでいる。そういう点は見習いつつ、肝心のパンケーキをつくる部分は、うちの経験を生かしたものにしています」
例えばトルコの会社では、マスダックの機械を導入し、ミルククリームをパンケーキで挟んで、小さな丸い容器に入れた商品を開発した。これを「ミルクバーガー」と名付けてスーパーの冷蔵コーナーで販売したところ、大ヒットしたという。
このように、マスダックは欧州でも顧客の要望に応じた機械をつくることで、西欧だけでなく、東欧や中東、北アフリカ、そして米国へとマーケットを広げていった。どら焼き機というニッチな商品がたまたまうまくいってシェア・ナンバーワンになったのではなく、発展性を考えた努力を重ねた結果なのである。
「私はそれを現地化と言っています。うちの技術をいかに現地の実情に合わせていくか。その努力や工夫が重要です。そしてそれが、新たなマーケット開発につながっているのだと思います」
アジアの菓子文化を日本のようにしたい
マスダックのこのような努力が認められ、14年には、経済産業省が世界のニッチな市場で高いシェアを誇る日本企業を表彰する「グローバルニッチトップ企業100選」にも選ばれた。これにより、会社を見る社外の目が大きく変わった点があるという。
「就職活動でうちに応募してくる大学生に応募理由を聞くと、半分以上がグローバルニッチトップ企業に選ばれた企業だからと答えています。世界シェア・ナンバーワンで、そういう会社でグローバルに活躍したいというのです。多くの優秀な人材がうちに関心を持ってくれるようになり、この賞には非常に感謝しています」
日本は少子高齢化が進み、どの業界も市場の縮小への対応が大きな課題となっており、多くの企業が市場開拓のために海外に進出している。欧米に本格的に進出して15年がたつマスダックだが、新たなターゲットを定めている。それはアジアである。アジアの人口は世界人口の6割を占めており、今は経済的にも成長を続けている。しかも、日本人と体格や好みが似ていることから、アジアがこれからのマスダックの主戦場になると、文治さんは力を込めて言う。
「アジアでも多くの人が欧米の文化に接しており、今後のアジアの国々のお菓子文化が欧米風になるか、それとも日本のようなバラエティーに富んだものになるか、今はその分岐点にあると見ています。最近は日本にアジアの国々から数多く旅行に来られているので、日本的なお菓子文化になる可能性はすごく高い。うちがどうお手伝いしていくかが、ひいてはうちの成長にもつながってくる。これに尽きると思います。アジアのお菓子文化を日本のようにするというのが、私の夢なんです」
地方の菓子メーカーがマスダックの製造機を導入して大量生産を可能にし、全国有数のメーカーになったケースもあるという。近い将来、アジアのどこかの国の菓子メーカーがマスダックの製造機を使い、世界的な菓子メーカーになる日が来るかもしれない。
会社データ
社名:株式会社マスダックマシナリー
所在地:埼玉県所沢市小手指元町1-27-20
電話:04-2948-0162
代表者:増田文治 代表取締役社長
従業員:274人(グループ全体)
※月刊石垣2020年1月号に掲載された記事です。
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