政府はこのほど、安倍晋三首相を本部長とする知的財産戦略本部の会合を開き、和食やアニメ、ポップカルチャーなどといった日本の魅力を海外に発信し、売り込む新たなクールジャパン戦略を決定した。同戦略では外国人が日本に興味を持つ「入り口」と「深み」を広げることを目指す。また、SNS(会員制交流サイト)上での日本への共感をAI(人工知能)などで計測・分析し、その結果を人材育成を通じて共有する必要があるとした。特集では、同戦略の概要を紹介する。
1.はじめに
クールジャパンとは
クールジャパン(以下、CJと表記)とは、世界から「クール(かっこいい)」と捉えられる(その可能性のあるものを含む)日本の「魅力」である。「食」「アニメ」「ポップカルチャー」などに限らず、世界の関心の変化を反映して無限に拡大していく可能性を秘め、さまざまな分野が対象となり得る。
CJを巡る環境の変化
CJを巡る環境は大きく変化している。CJの対象の幅が広がり、100人100様といえる多様性が見られる。日本に関する深い知識を有する外国人の増加など、CJの取り組みの対象となる世界の人たちの「質」も変化している。さらに、デジタル技術の発達により、情報発信の手段が多様化し、情報伝達の速度が速くなるとともに、世界のトレンドの移り変わりが激しくなっている中で、さまざまなCJの取り組みがその変化に対応できていない懸念もある。
CJが目指すべき姿
わが国が、世界でもそのプレゼンスや影響力を維持し続ける上で、CJの有するソフトパワーは極めて有力な手段である。環境の変化を踏まえつつ、持続性を確保するため、CJの取り組みについて、常に進化しながら持続的に世界の共感を得られるような環境を整備する必要がある。CJの取り組みを通じ、社会の活性化やソフトパワーの強化を図る。令和(beautifulharmony)の時代に入り、新たなCJ戦略の下、多くの人々が共創できる環境を整備することで、美しい調和(beautifulharmony)の中で、多様性を包含しつつ、クリエーティブな活動などが日本各地で生まれ、日本社会の活性化やソフトパワーの強化につなげていきたいと考えている。
2.これまでの取り組みと見えてきた課題
具体的な成果と課題
これまでの取り組みにより、幅広い分野においてCJの取り組みが行われ、人的なネットワークが拡大し、日本への愛情を抱く外国人の増加などの成果があった。同時に、海外展開における所要の目的を達成できなかった例を含め、課題もある。(図1)
指摘の背景に見えてくる要因
世界の共感を獲得して、それをベースにわが国のソフトパワーを活用していくというCJの狙いが共有されていないことやプロダクトアウトの発想が強いことが挙げられる。また、日本の各地に存在する多様な魅力の素晴らしさが一定の成果をもたらしてきたことで、危機意識の欠如を招いているとの指摘もある
3.新たな戦略において克服すべきCJの問題点
本質的な課題
そもそものCJの着眼点や狙い、目指すものについての認識が十分に共有されていないことが、多くの問題を招く根底にある。
世界の目線
多くの場合に、世界の目線が強く意識されておらず、結果として、日本人とは異なる世界の人々の感覚や世界の人々の質の変化など、CJを進める上で必要な事項について認識すらなされていない。
プロダクトアウト
日本人が日本人の目線でいいと思うものを世界に売り込もうというプロダクトアウトの活動が基本であり、世界の人々の目線を起点としたマーケットインの活動は少なく、魅力の深掘り、関係者の連携、発信などさまざまな場面における問題につながっている。
伝え方における工夫
CJの取り組みにおいて、日本の魅力を世界に発信することが重要である。ストーリーの活用は、発信面でも関係者間の連携を図る上でも効果的であるが、これまでは十分な活用がなされていない。 また、デジタル化による、情報発信手段を含めた社会様相の変化に十分対応した発信ができていない。
4.目指すべき姿
関係者でCJの狙いを共有し、世界の目線を起点としたマーケットインの発想で取り組みを進め、日本の本来の強みである「入り口」の広さと奥の深さを追求し、それを効果的に発信しながら、世界の人々に日本ファンとしてCJの活動に参画してもらうようにしていくことを目指さなくてはならない。
CJの狙い、着眼点の共有を図る
CJは、日本のさまざまな特徴に世界の共感を得ることを通じ、日本のブランド力を高めるとともに、日本に関心を持ち、日本の伝統や文化などを理解し、尊重し、日本への愛情を有する外国人(日本ファン)を増やすことを目指す取り組みである。CJの狙いや着眼点について、わが国自身へのポジティブなインパクトを含めて認識を共有する必要がある。
世界の目線を起点に、プロダクトアウトから脱却する
世界の目線と日本人の目線は大きく違うことから、CJの取り組みにおいては、まず、世界の目線と日本人の目線の相違を理解し、意識する必要がある。そのため、世界の人々の大きな関心の移り変わりや、市場・業界に関する基礎的なデータを収集し、分析し、広く共有する必要がある。(図2)
「入り口」の広さと奥の深さを追求し続ける
外国人の多くは、「食」や「アニメ」などの具体的なコンテンツを「入り口」として日本に関心を抱き、それらの背景にある「日本的な何か」に共感し、日本への愛情を育んでいる。「入り口」の広さを維持し、拡大しながら、日本に関心を持った人たちに「深み」を見せていくことでより関心を高めることができるのは、わが国ならではの強みであり、それらを生かすことがCJの持続性を確保する上では欠かせない。
「伝わる」ように「伝える」能力を磨く
分かりやすいストーリーをつくり、伝えることは重要である。ストーリーは、しっかりとした文章である必要はなく、絵、漫画、短い映像や、例えば「入り口」として関心を引くためであれば、短い映像や音声をたくさん見せるという方法が有効な場合もある。さらに、リアルの価値が高まっていることも踏まえ、バーチャルとリアルの相乗効果を意識しつつ発信することも重要である。
幅の広さと深みを生かして、戦略的に日本ファンを増やす
「入り口」の広さを生かして多くの外国人の関心を引き出し、「深み」を見せることで、戦略的に日本ファンを増やし、さらに彼らとも協働しながら日本ファンを拡大・再生産していくことが大事である。日本ファンの増加は、幅広いメリットがあり、関係者が連携を図りつつ、戦略的に進めていく必要がある。
CJの観点から必要な外国人の長期滞在を促す
CJの持続性を確保する上で、さまざまな分野における能力の高い外国人が就労などにより日本に長期間滞在することも重要であり、日本における長期滞在をさらに促すため、在留資格について、その適用範囲の拡大を含めた要望もある。
CJの観点から重要なのは、日本として、世界中の才能ある外国人を受け入れ、活用する意思があることを前向きなメッセージとともに示すことで、外国人材が日本に集まり、クリエーティブな活動などが行われる環境を整備することである。このため、各省が進めている情報提供の取り組みについて浸透を図るとともに、外国人材の受け入れや運用の改善などについても、関係省庁と連携しつつ検討する必要がある。
5.施策の方向性
国全体の整合性を図る枠組みを構築し、機能させる
内閣府が総合調整を担い、各省庁が個別事業を担当しているが、従来の役割分担は維持しつつ、国全体としてのCJ関連施策の整合性を高め、CJの観点からよりその効果を高めるための取り組みを実施する。
縦方向(個別分野、個別地域)の取り組みのさらなる深掘り
日本各地に存在する魅力はCJの取り組みを進める上での基礎である。多くの魅力が所在する地方の積極的な参画が重要であるが、地方や中小事業者にとってCJは新たな分野であるとの指摘も踏まえ、彼らに受け入れやすい施策を「入り口」として活用しつつ、効果的な訴求を図る。また、CJの側面から地方が持つポテンシャルをさらに引き出すため、CJを進める上で必要な基礎的なデータや分析の共有などを通じ、自治体や地方の事業者がCJの取り組みを実施しやすい環境を整備する。
幅広い連携強化を図るための枠組みづくり
国内外に所在する関係者を有機的につなげることで、多くの関係者を包含する緩やかなネットワークを構築し、個別分野内での縦方向の連携、分野や地域をまたぐ横方向の連携を強化する(。図3)
幅広い関係者を包含したネットワークを構築し、有効に機能させるため、中核的な機能を担う組織が必要である。CJは本来的に民間主導の取り組みであり、中核的な機能は民間の組織が担うことが適当である。中核組織は、ネットワークの関係者と連携しつつ、例えば、CJの実施に必要な基礎的なデータの蓄積、収集、分析、共有やマーケティング、関係者のネットワーク化、関係者の認識共有などを通じ、CJの取り組み全体を進めるための役割を果たす。
日本ファンを効果的に増やす取り組み
日本ファンの数を増やすため、相手方の特性を分析し、目的意識を持って効果的なアプローチを行う。その際、それぞれに異なる関心、共感の深さなどを的確に捉えて、それにマッチした情報などが入手可能な状態にする。ソーシャルメディアなどの既存のプラットフォームや、旅行者向けのサービス、オタクイベントなど日本への関心を有する外国人を対象にした既存の取り組みと連携して、可能な限りカスタムメイドされた情報発信を行うとともに、メリットの提供も行う。メリットについては、基本的に民間で提供できるものから開始するが、国でしか提供できないものの提供を求める声もある。日本ファンの裾野が広がるためのトータルな仕組みについて、関係省庁と協力して検討し、可能な部分から実施する(。図4)
知的財産の活用を後押しする取り組み
CJは、全体として日本のブランディング戦略といえるという面で、知的財産の仕組みと密接に関係しており、知的財産が適切に保護されることが重要である。また、保護の仕組みと同時に、CJコンテンツの適正な利用の円滑化を図ることにより、CJを発展させるための仕掛けも検討する。
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