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コラム石垣 2020年1月1日号 コラム「石垣」執筆者に聞く 2020年 日本の道しるべ

宇津井 輝史 文章ラボ 主宰

「令和」という新たな時代で初めての新年を迎えた。「令和」がどのような時代となるのか。本稿では、本紙コラム「石垣」執筆者に2020年の日本そして世界の行方について聞いた。

新しい自由と平等のモデル

宇津井 輝史 文章ラボ 主宰

国家はいま、グローバリズムの脅威ではなく、テクノロジーの進展で存在を危うくする。 いまの国家体制は人類が苦労してつくった。明治維新政府は近代国民国家を創設した。帝国主義の世界に伍してゆくため、国力を結集することができた。各藩の領民は日本国の国民になった。それ以前、己の生活圏で一生を終えた人々は国家的大事にかかわらない。自藩を砲撃する外国軍の砲弾をせっせと運んだ雇われ農民を、誰も非国民と言わなかった。 だが明治以後、国家が起こした戦争に、国民となった人々が動員された。以後、どの国も革命や独立戦争を経て国民国家を建設し、それら主権を単位として国際社会が成立した。20世紀、自由と民主主義を標榜する国々が戦争によってファシズムを倒し、冷戦によって共産主義を退けた。多くの犠牲を払って獲得したのが民主政治、市場経済というモデルだった。自由民主主義国家は揺るぎないものに見えた。 資本主義を支えた原動力がイノベーションである。好奇心旺盛な我がサピエンスを生物の頂点に立たせた原理でもある。文明は病を克服し、便利で豊かな生活を実現してきた。だがいま、デジタル・イノベーションが別の様相を見せ始め、工業社会を前提とした国家が対応できなくなっている。人類が初めて直面する事態である。 生態系の破壊に対して自由主義経済が無力だっただけでなく、人工知能(AI)と生命工学が自由や平等という価値すら変えつつある。コンピュータ科学者と起業家は、むろん民主主義に与える影響など顧慮することなく、金融や通貨の意味と形を変え、ビッグデータ・アルゴリズムが支配する社会をつくりつつある。社会がどこへ行くのか誰にも分からない時代、人類は新しい自由と平等のモデルづくりを急がねばなるまい。

社会に「信頼」を取り戻す

神田 玲子 NIRA総合研究開発機構 理事・研究調査部長

今、私たちは歴史の大きな転換点にいる。米中二大国の覇権争い、自由を志向する西欧的な価値観の揺らぎ、そして、民主政治への信頼の低下。2020年は、これらが一時的な現象ではなく、大きな地殻変動につながっていることを確認する1年となるだろう。 英国のEU離脱や米国の民主党における大統領候補選びの混迷は、反グローバル化の流れが不可避であることを示している。しかし、今起きていることは、グローバル化に問題があるからではなく、先進国がグローバル化への対応を打ち出せないことに原因がある。 グローバル化は社会の分断を生んだ。まず、その亀裂を修復することだ。そのためには、人々が多くの声に耳を傾け、相互に理解する必要がある。 どんな人々がいるのだろうか。所得が低い、職がない、そして障がいのある人々――声は弱いが、緊要な対応が求められる。また、サイレント・マジョリティーといわれる中間層の人々――グローバル化でもっとも大きな影響を受ける。さらに、人権、地球環境、そして反グローバル化などで、明確な主張をしている人々――社会の地殻変動の大きさを認識し、行動しているが、それだけに不満やいら立ちも大きい。 こうした人々が立場を超えて互いに理解することができれば、社会に「信頼」を取り戻すことができる。多様な人々の信頼から生まれる協調やネットワークの成果を、従来の政策に上乗せすることで、私たちが取り得る政策の選択肢が広がる。就労支援にしても多様な人々の関わりは、政策の効果を高める。既存の政策に、「信頼」を組み合わせた政策をグローバル化への対応策の基礎としたい。

地域の総合力が試される

丁野 朗 東洋大学大学院国際観光学部 客員教授

観光はオーケストラの指揮者に例えられる。それぞれのパートの楽器(プレーヤー)たちが、しっかりとした仕事を発揮できるための総合コーディネーターである。 オリンピックイヤーである2020年を目標に設定された「明日の日本を支える観光ビジョン」は、3つの視点と10の重点施策を核に展開されてきた。数値目標という意味では、初期の目標に近づきつつある。だが、問題は、その豊かさを地域が実感できているかどうか、観光立国に向けた土壌づくりができているかどうか、である。 「観光」という言葉を聞いて、一般国民の多くは、それは観光事業者がやるもの、という冷めた見方も少なくない。これら観光政策を所管する自治体の観光関連課は、観光地域づくりのための権限に乏しく、現状は誘客という名のイベント、キャンペーンなどに翻弄(ほんろう)されている。 本来、観光資源である歴史文化資源を所管する文化政策、観光客の足である二次交通などの交通政策、快適な都市や景観づくりなどの都市政策、港湾や河川・道路などの公有空間の活用、生き生きとした食やブランド産品を生み出す産業政策などなど、地域活性化の主要施策は、いずれも観光関連課の所管外である。 観光は誠に地域の総合力が試される。人口減や産業政策の失敗などを理由に、「観光でも」とか「観光しか」といった安易な考えでは、成功はおぼつかない。地域のさまざまな施策を有機的に結び付け、総合的に生かそうとする強い意志とリーダーシップ、優れたプレーヤーたちの存在がなければ、観光立国にふさわしい地域づくりなど不可能である。次代を担う若い力の台頭が切に望まれる。 改めて地域の現場から、地に足の着いた観光立国づくりの1年としたい。

波乱含みの世界経済

時事通信社 常務取締役 中村 恒夫

米大統領選の結果が出る11月まで、世界の市場は振り回され続けることになろう。共和、民主両党で極端な政策を打ち出す候補者が少なくないからだ。トランプ大統領という強烈な個性を持ったリーダーの出現によって、彼をしのぐ、あるいは彼に対抗する候補者になるためには、穏健な政策だけでは、有権者に対するアピール力が弱い面も作用しているかもしれない。 貿易摩擦の行方も不透明だ。世界貿易機関(WTO)が事実上、機能不全に陥っている段階では、主要国・地域が、ボクシングに例えるなら、半ばノーガード状態でパンチを応酬し合う懸念すらある。特に、米中、米EU(欧州連合)の争いが、どのような決着を見せるか、予断を許さない状況だ。 低水準が続く金利動向も反転する道筋が見えない。国内の地域金融機関は長引く低金利で利ザヤが縮小し、経営を圧迫している。メガバンクもコストのかかる支店の在り方を見直している最中だ。長年「市場との対話」を重視してきた経済官庁の首脳は金融緩和政策が成果を上げない現状に対して「マーケットは利益で動く。市場ならぬ私情との対話は意味がない」と投げやり気味に話す。中央銀行のコントロール外となる暗号資産(仮想通貨)の膨張で、金融市場自体も大きく変貌を遂げるだろう。 世界経済が波乱と不透明な展開を続けていても、経営者の取るべき方法に変わりはないはずだ。自社の中核商品・サービスに一層磨きをかけ、競争力を高める。市場の大きな変化に備えて、資金繰りには配慮しておきたい。新卒の採用ルールが撤廃され、個性的な魅力に乏しい企業には就活生が集まりにくくなる。中途採用を含めた人材補強策を検討しておくべきだと考える。

民主主義と資本主義の危機

政治経済社会研究所 代表 中山 文麿

これまで、世界のエリートはグローバル化やデジタル化で生じた国家、民族、個人間の経済格差に対して適切に対応してこなかった。そのため、金科玉条のように捉えられていた民主主義や資本主義の制度が揺らぎ世界の政治や経済が非常に不安定に陥っている。 今年の最大の注目点は米国の大統領選挙でトランプ大統領が再選されるか否かである。今の段階では、その可能性は五分五分だ。共和党と民主党の支持が伯仲するスイング・ステートや前回の大統領選挙で勝利を収めたラストベルトの州での反トランプを掲げる若者と女性が彼の命運を左右しそうだ。 米中貿易戦争はトランプ氏が仕掛ける対中貿易赤字の縮小から中国と米国の覇権争いの様相を強める。中国の権威主義的手法による宇宙開発、サイバーや先端技術の開発など、安全保障分野での対決・抗争が先鋭化しそうだ。また、香港の若者を中心とした反政府運動はなかなか収まらない。今後、より過激な抗議運動になった場合、人民解放軍が出動し、鎮圧される。若者たちには同情を禁じ得ないが習近平国家主席は香港だけに民主的な選挙権を与えるはずがない。 北朝鮮情勢では、金正恩党委員長は核を手放すことはあり得ない。トランプ氏が金正恩氏の要求する段階的に見返りを与える交渉に応じない限り大きな進展はない。 中東では、米軍のシリア南東部からの撤退に乗じてロシアが同国での基盤を固めるとともに、トルコ、サウジアラビアやUAEなどに食指を伸ばしてくる。 今年のダボス会議で資本主義の修正が論議される。ポピュリズムや自分ファーストで傷ついた世界のひずみを是正するための民主主義の在り方にも議論が始まる。

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政治経済社会研究所代表 中山文麿

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時事通信社常務取締役 中村恒夫

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