こうしてヒット商品は生まれた! かに風味かまぼこ

かに風味かまぼこ「香り箱」。「安くて、おいしい」メスのずわいがにの第一脚をイメージし、形状、食感、味、色合い、ジューシー感を再現。その最高峰の技術が評価され、第45回農林水産祭最高賞、天皇杯をスギヨが受賞

石川県七尾市で水産加工品の製造・販売を行っているスギヨ。昭和47年に日本初となるかに風味かまぼこ「かにあし」を発売する。今ではプロの料理人が「これがかにかま!?」と驚くほど、本物に近い味わいや食感を実現し、すっかり食卓の定番の地位を確立した。同社が業界に先駆けた商品を開発し、全国に販路を開拓した道筋を追う。

漁業の傍らにつくった「ビタミンちくわ」が大ヒット

日本海に突き出た形をしている能登半島で、富山湾に面した海岸を内浦、日本海に面した海岸を外浦と呼ぶ。この一帯は、一年を通してさまざまな魚がやってくる水産資源の宝庫だ。内浦は湾入地形で波が穏やかなため、いつでも漁ができるのに対し、外浦は対馬海流の影響で波が荒く、漁に出られないこともある。そうした理由から、内浦では魚を新鮮なうちに食べる生食の文化、外浦では魚を加工して保存する文化が発達してきた。

そんな能登半島のほぼ中央に位置する七尾市で、明治元年にブリなどの定置網漁業と鮮魚問屋として創業したのがスギヨだ。大正以降、漁業の傍ら、タラや雑魚をすり身にしてちくわの製造にも乗り出す。昭和に入ってからは、ビタミンAの豊富なアブラザメを原料にした焼きちくわの量産を開始し、水産加工にも力を入れた。

「昔からこの辺りには水産加工会社がたくさんあり、さまざまな練り製品をつくっていました。他社の多くが金沢を中心に県内や近県へ出荷していたのに対し、当社は全国の主要市場にルートを開拓し、魚を納品するついでにちくわも納めていたので、早くから全国に商品が出回りました。しかし、それは全国に競合相手がいるということなので、差別化を図る意味で、昭和27年に焼きちくわを『ビタミンちくわ』に改名しました。すると、戦後の栄養不足に悩む消費者の絶大な支持を得て、たちまちヒット商品となりました」とスギヨ社長の杉野哲也さんは当時の様子を説明する。

30年代以降、食卓のニーズの高まりを受け、市場に水産加工品の種類が急増する。そこで同社が次なる商品を考えていた矢先、中国からクラゲの輸入がストップして困っていた業者から、「人工クラゲを開発してほしい」と依頼を受けた。

「先代の杉野芳人は、試行錯誤の末、海藻などに含まれる食物繊維の一種であるアルギン酸を利用して、見た目も食感も本物そっくりの人工クラゲを完成させました。ところが、しょうゆを掛けると柔らかくなって、あのコリコリ感がなくなってしまうことが分かり、発売には至りませんでした。とはいえ、一生懸命開発して思い入れがあったし、何かほかに活用できないかと、人工クラゲを細く刻んでみたら、食感がかにと似ていることに気付いたのです」

人工クラゲの失敗から生まれた「かにかま」

それを機に、同社は人工かに肉の開発に大きくかじを切る。当初は人工クラゲ同様、アルギン酸を主原料に、本体を白く着色して〝かにもどき〟をつくった。しかし、半透明のものをあとから白く着色するなら、最初から魚のすり身を使えばいいと思い至り、かまぼこと同じ製法にシフトする。

「魚肉に食塩を加えると、魚肉に含まれるタンパク質が変性して弾力が出るんです。この『坐(すわ)り』という現象を応用して、何度も試作を繰り返した結果、かにの繊維と似たものが出来上がりました。食感も本物に近く、『これならいける!』と確信を得ました」

47年、日本初のかに風味かまぼこがこうして誕生した。当時は棒状ではなく、かにの身をバラバラにほぐしたような形状で、「珍味かまぼこ かにあし」の名で発売された。市場にない商品だけに、まずは東京で扱ってもらうのが一番と考え、東京・築地市場に売り込みをかけた。ところが、取引のある荷受人から「こんなものは売れない」と一蹴されてしまう。

「それでも味には自信があったので、当時の営業担当者が試しに築地場外の問屋を回ってみたところ、『おもしろい。これは化けるかもしれない』と取引してもらえたんです。築地場外に商品が並ぶと、飛ぶように売れました。その様子を見た荷受人が、『うちでも扱わせてほしい』と言ってきて、築地場内にも並ぶようになったんですが、あまりの反響に『100年に一度の売れ行き』と驚かれました」

能登の魚と野菜を使い新たな食文化をつくり出す

その後同社は、業界初の無菌化工場を新築し、増産体制を整えた。51年にはアメリカへの輸出をスタートさせ、その約10年後には現地工場の操業も開始した。

ハード面の整備と並行し、「かにあし」のバラバラだった形状を、繊維を1本1本葉脈状にまとめて、よりかに脚に近い形にリニューアルする。さらに、刺身に特化したもの、各種料理に応用できるもの、乳酸菌やカルシウムなど栄養機能を備えたものなど、次々とシリーズ商品を増やしていった。その究極ともいえる傑作が、平成16年に発売した「香り箱」だ。石川県では、メスのずわいがには「香箱(こうばこ)がに」と呼ばれ、日常的に食べられているが、その第一脚を茹でて熱々の状態で食べたときの味わいと食感をイメージしてつくった商品だ。

今や一流の料理人に「これがかにかま!?」と絶賛されるまでに進化を遂げたかに風味かまぼこだが、この先同社が目指しているものは何か。

「時代が変われば、食に求めるものもおのずと変わってきます。現在、多くの人が食に求めているのは、体に優しく健康に良いものだと感じています。それには一次産業との関わりは避けて通れません。そこで当社は平成19年に農業に参入し、キャベツや玉ねぎを中心に、ニンジン、ジャガイモ、サツマイモなどの生産を始めました。能登で揚がった魚、能登が育んだ野菜を使って、安全で少し遊び心のある食品をつくり、新たな食文化を創造したいですね」と杉野さんは顔をほころばせた。

会社データ

社名:株式会社スギヨ

所在地:石川県七尾市西三階町10号4-1

電話:0767-53-0180

HP:https://www.sugiyo.co.jp

代表者:杉野哲也 代表取締役社長

設立:昭和37年

従業員:730人

※月刊石垣2016年8月号に掲載された記事です。

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