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情熱ぴーぷる 第15回女性起業家大賞・スタートアップ部門特別賞

胸を失った乳がん患者さんに希望を

ブレストケア京都株式会社 代表取締役 林 かおり

ブレストケア京都株式会社 代表取締役 林 かおり

母親の乳がんが転機 人工乳房製作者の道へ

平成18年、実母が乳がんに罹患(りかん)し乳房切除したことがきっかけで、名古屋市の人工乳房製作者(ブレスト・アーティスト)養成スクールに入校しました。人工乳房は外科的な手術をすることなく外側から装着して乳房を再現するものです。当時、粘土工芸の講師をしていましたが、「人工乳房を作ってほしい」という母の頼みに応えるため技術を習得。講座修了後は、人工乳房製作会社で営業や製作に携わりました。そこで乳がん患者の方と接しながら仕事を続けるうち、幾つかの課題に直面したのです。まず、私が技術習得した人工乳房は乳房内部にジェルを注入するもので、経年劣化によりジェルが漏れるなど品質面で課題がありました。それから体型の変化に対応できる製品がほしいという使用者の要望も。品質改善と製品開発というこの大きな二つの課題に挑戦し、26年にこれらをクリアする製品を開発、合同会社を設立しました。

起業時にはさまざまな障壁がありました。最初の難関は人集め。ブレスト・アーティストを養成するためスクールを開講し受講生を募りましたが、聞き慣れない職業にほとんど人が集まらず、応募者もものづくりの経験がないため全て基礎から教えなくてはなりませんでした。二つめの難関は資金。当面の運転資金を確保するため親戚や知人に当たりましたが、人工乳房の認知度は低く理解を得るのに苦労しました。地元金融機関や行政、商工会議所が募集する女性起業家の助成金を受けるため応募書類の作成に追われる毎日でした。

でも、「信ずれば通ず」。この事業で多くの乳がん患者を助けたいと懸命に訴え続けた結果、多くの人の理解を得、資金や人的ネットワークの支援をいただきました。また、スクールから4人のブレスト・アーティストも輩出しました。

乳がん経験者をスタッフに

27年の乳がん罹患数は9万人を超えるとされ(国立がんセンター「がん罹患数予測」、27年7月)、今後も増加の一途をたどると思われます。また近年、35歳以下の若年性乳がんも増えています。女性にとって乳房を喪失する悲しみは想像を絶するものです。治療のため退職する人も少なくありません。彼女たちに、自らの経験を生かせる職業としてブレスト・アーティストへの道を開きたいと思っています。現在、当社はスタッフとスクール生合わせて9人ですが、6人が乳がん経験者です。当社のスタッフは、お客さまと同じ悩みを持っているからこそ気持ちを理解し、ニーズに合った製品づくりができると確信しています。

乳がんにより乳房を切除した人で小さなお子さんのいらっしゃる方は、一緒にお風呂に入ることをためらうといいます。友達との温泉旅行で辛い思いをすることも少なくないでしょう。乳房再建手術をしなくても、装着式の人工乳房で美しいバストラインを再現できます。これからもこの事業で、乳房切除した女性の新しい人生のスタートを応援したいと思っています。

会社データ

社名:ブレストケア京都株式会社

所在地:京都府京都市西京区川島野田町14-2

電話:075-874-5819

創業:平成26年9月

事業概要:装着式人工乳房、乳房パッド、人工ニップルの製造・販売

HP:https://www.bc-kyoto.net/

※月刊石垣2017年7月号に掲載された記事です。

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