ノーベル賞を過大評価すべきでないとの意見がある。確かに文学賞や平和賞は主宰者の主観が入る。私見ながら詩人ボブ・ディランを高く評価していたから、文学賞の受賞は朗報だが、歌手の受賞に違和感を持つ人もいよう。しかし自然科学分野の受賞は(誰に与えるかは主観だが)確かな真理に裏付けられている。科学は主観が入り込む余地のない真理の探究だ。何度実験を重ねても同じ結果が出る。例外はない。
▼自然科学分野では今年も日本人が受賞した。生理学・医学賞の大隅良典さん。食物摂取だけでは足りないたんぱく質を、細胞が自ら分解してリサイクルするオートファジーの仕組みを発見したことが評価された。生命現象の根源的な解明に迫るとともに、難病の治療やがん細胞の抑制に効果を発揮することが期待されている。だが、大隅さんはこの国に警鐘を鳴らすのも忘れなかった。
▼受賞後の講演で、基礎研究にじっくり取り組むのが困難な日本の科学研究の窮状を訴えた。政府や産業界は、どうしてもすぐ役立つ研究に予算を付けがちだ。地味な基礎研究に取り組む企業も少なくないが、経営者は、短期的成果を求める株主の要求にも応えねばならない。研究目標を定め、既存の科学の知見を用いて成果を生むのとは別に、新しい価値や目標自体を追求する余裕がない。一方で大学も、国の交付金が減り、成果の見えやすい応募型の補助金に傾斜しがちだが、どんな研究がどの水準にあるかが産業界に伝わっていないのも現状だろう。
▼産学連携がいまほど重要なときはあるまい。商工会議所もこの分野に取り組んできたが、研究の大小を問わず、産学の間に立って得意のマッチング能力をきめ細かに発揮すべきである。
(文章ラボ主宰・宇津井輝史)
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