1993年に開港した島根県の西の玄関口、萩・石見(いわみ)空港。その2年前に設立した石見空港ターミナルビルは、空港内施設の賃貸や管理が本業だが、とある理由から養蜂業に進出。2016年から販売している「空港はちみつ」が、今や知る人ぞ知る人気商品となっている。空港職員が蜂蜜づくりに乗り出した、とある理由とは―?
濃厚なのに清涼感があるのどごし爽やかな蜂蜜
“空港”と“蜂蜜”は、一見意外な組み合わせに映るかもしれない。しかし、空港蜂蜜は今、欧米を中心に広がりを見せており、中でも盛んなドイツの主要空港では、敷地内で養蜂家がミツバチを飼育しているそうだ。よくよく考えてみれば、空港には未利用地がたくさんあり、近くに住宅も少なく迷惑を掛ける心配がないため、養蜂に適した立地といえる。
そこからヒントを得て、アジア地域初となる空港蜂蜜の製造に乗り出したのが、萩・石見空港内に本社を置く石見空港ターミナルビルである。同社が2016年から販売を開始した「空港はちみつ」は、桜、菜の花、ミカン、アカシア、ハゼ、クリなど、空港周辺に咲く季節の花々を蜜源とする百花(ひゃっか)蜜だ。糖度は82%以上と高く濃厚だが、清涼感があってのどをスーッと通っていくのが病みつきになると、リピーターが後を絶たない。
「養蜂を始めたのは、極めて知名度の低い萩・石見空港を、多くの人に知ってもらうため。何か地域ブランドを生み出して空港の利用を促し、地元の活性化につなげる目的で始まった事業です」と同社社長の菅隆宏さんは発端を説明する。
萩・石見空港は、人口減少に悩む県西部に位置し、現在東京・羽田空港との間に1日2往復しか便がないため、搭乗者数の劇的な伸びはあまり期待できない。そんな空港の知名度向上と利用促進の起爆剤にと空港蜂蜜に着目し、萩・石見空港ミツバチプロジェクトを立ち上げた。
採蜜から短時間で瓶詰め 加熱殺菌も添加物も不要
同社は養蜂に関して門外漢のため、共同事業として手を結んだ地元企業、地元の養蜂家、市職員ボランティアなどの協力を仰ぎ、13人のメンバーで活動を開始した。県に掛け合って空港敷地の利用許可を取り付け、「ビーガーデン」を設置して、セイヨウミツバチを飼い始めた。
本格的な採蜜は、5月ごろから開始する。春になって花が咲き始めると、ミツバチは半径約2㎞圏内を飛び回って蜜を集め、巣箱に帰ってくる。日に日に蜜がたまり、表面に白っぽい蜜蓋(みつぶた)が付いてきたら、採蜜のころ合いだ。この時期になるとメンバーは朝5時に集合し、巣箱から蜜がたっぷり付いた巣枠を取り出す。それを作業場に集め、遠心分離機にかけて蜜を取り、こす。その蜜をすぐさま地元の障がい者福祉施設に持って行き、もう一度こして不純物を取り除いて、瓶詰めしてもらえば完成だ。一連の作業は至ってシンプルで、特別な資格も必要ないため、仕上げの工程を委託することは障がい者の就労支援にもなっている。
「蜜蓋ができるまでじっくり時間を掛けると、その分糖度が増します。それを採蜜して瓶詰めまでを短時間で行うので、加熱殺菌処理の必要がなく、添加物も不使用。この純度の高さも自慢の一つです」
初年度は130gの瓶をつくり、6月中旬から萩・石見空港内の観光土産店と空港オンラインショップで販売。季節の移ろいとともに原料の花蜜も変わり、花季が終われば生産終了となるが、秋には完売する好調な売れ行きを示す。翌17年には、その印象深い味わいが評価され、日本はちみつマイスター協会主催のコンテスト「第3回ハニー・オブ・ザ・イヤー」最優秀賞・来場者特別賞をダブル受賞した。
今後は海外にもPRを展開 インバウンドの誘客に注力
その後、空港敷地から2㎞圏内にビーガーデンを2カ所増設し、最大100万匹のミツバチを飼育するまでになった。3年目の18年は天候に恵まれて採蜜量が大幅にアップし、新たにスティックタイプも仲間入り。蜂蜜は長期保存が可能なことから、スティックタイプが災害保存食品に指定され、売り上げは初年度の5倍増を記録した。
「この商品はリピーターが多いのが特徴です。旅行でこの空港を使ったときに、たまたま買って帰った方が、その後オンラインショップで購入したり、完売して買えなかった方が翌年に買いに来てくれたり。ありがたいことです」
昨年は天候不順により生産量が大幅ダウンし、売り上げも半減した。しかも、注目されるようになったがゆえに、予期せぬ問題も発生した。テレビに取り上げられた直後、オンラインショップで大量購入した業者に、4倍の値段で転売される事態が起きたのだ。 「それを踏まえ、現在は出品量を調整して一購入あたりの販売量に上限を設けるなどの対策を取っています。転売業者も特定したので、その後買い占めはありません。ただ、4倍の値段でもすぐに完売していたので、商品の価値に自信を深めました」
知名度向上と地域活性化を目指した商品だけに、年間生産量1000㎏を目安とし、増産や販路拡大は考えていないそうだ。ただ、今後は海外見本市などに出展してPRを展開し、インバウンドの呼び込みに力を入れたいと菅さんは語る。特に中国の富裕層は蜂蜜を非常に好むそうで、東京経由に加えてチャーター便などで、まっすぐ萩・石見空港に来てほしいという。
「空港発着枠はいくらでも空きがありますから、国際チャーター便なども余裕で受け入れることができます。『空港はちみつ』が当空港に足を運んでいだける動機付けになるように、魅力を発信していきたい」と今後の展開を前向きに語った。
会社データ
社名:石見空港ターミナルビル株式会社(いわみくうこうたーみなるびる)
所在地:島根県益田市内田町イ597
電話:0856-24-0010
代表者:菅隆宏 代表取締役社長
設立:1991年
従業員:24人
※月刊石垣2020年6月号に掲載された記事です。
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