現在、世界経済全体は堅調な展開を続けており、わが国の景気の足取りも順調だ。わが国経済は2012年11月に底を打って以降、戦後2番目に長い景気回復の中にある。それにもかかわらず、日本銀行は現在の金融緩和策を続ける姿勢を変えていない。理論的に考えると、景気が回復しているのであれば、金融政策は引き締め方向に向かってもおかしくはないだろう。
米国の連邦準備制度理事会(FRB)は、危機対応を念頭に置いた政策(量的緩和策)からの脱却を開始する。ユーロ圏の欧州中央銀行(ECB)も、量的緩和の段階的な縮小を進める可能性がある。いずれも、物価の水準は中央銀行の目標水準を下回っている。国内では「物価目標の達成のためにさらなる緩和が必要」との意見もあるが、日銀の金融政策が限界を迎えたと考えられる中、今後は政策の柔軟性を念頭に置いた議論が進められるべきだろう。
昨年9月、日銀はそれまでの資金の供給量(マネタリーベース)の拡大を重視した短期決戦型の政策を転換し、新たに、短期と長期の金利を一定の水準に誘導する“イールドカーブコントロール”政策を加えた。同時に、日銀は物価水準が安定的に2%を上回るまで金融緩和策を続ける、より粘り強い姿勢を表明した。これを受け、日銀が持久戦ともいうべき発想で物価目標の実現を目指し始めたと考えた市場参加者は多かった。日銀の各金融政策決定会合前のエコノミスト調査でも、黒田東彦日銀総裁の任期中に政策の変更はないと考える専門家は多い。
ただ、景気が堅調に回復基調を歩み、株価も堅調な展開を示している現在、日銀はそろそろ金融政策の正常化を考える時期に差し掛かっていると言えるだろう。もちろん、異次元緩和からの金融政策の正常化は、短気的には実体経済や金融市場にストレスをかけるかもしれない。しかし、それを過度に回避しようとすると正常化のプロセスが後手に回ることも考えられる。重要なポイントはタイミングを見逃さないことだ。
足元の世界経済を見渡すと、米国のアマゾン、中国のアリババなど、インターネット関連企業が既存の業種をすさまじい勢いで淘汰(とうた)している。米国の玩具大手トイザラスの連邦破産法11条(チャプターイレブン)の申請は、これまでの発想ではインターネット企業のシェア拡大に対抗することが極めて難しくなっていることを如実に示している。
一見すると、わが国の金融政策とインターネット企業の躍進には関係がないと思われがちだが、見逃してはならない点は、わが国の金利と株式のマーケットが官制相場化してしまったことだ。日銀は年間約6兆円のペースで株式のETF(上場投資信託)を買い入れている。日銀のETF購入が株価を支えると当然のように話す専門家も増えてきた。これでは、投資家自らがリスクを分析し、本源的な意味で成長が期待される企業に資金を投じようとするインセンティブが生まれづらい。
言い換えれば、市場経済のダイナミズムが低下してしまいかねないのだ。今後、構造改革を進めるためにも、市場の価格発見機能を通した成長産業への投資資金のシフト、それによる非効率的な組織の淘汰が進む環境を整えておく必要がある。それが、民間の活力を生かすということだ。
米国の株式市場が史上最高値を更新し続ける背景には、アマゾンをはじめとするダイナミックな経営戦略を展開する企業が存在し、イノベーションが進みやすいことがある。文化などの違いがあるにせよ、これまでわが国の成長戦略は、競争原理の発揮による成長を目指していたはずだ。そのためにも、金融市場が官制相場化し、「中銀マネー」によってリスク資産が持ち上げられている状況は好ましくはない。日銀もわが国の金融当局として、そうした現実を十分に理解し、それに合わせた金融政策の運営が求められるだろう。
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