事例1 トップの仕事は攻め時、守り時を見極め、素早く決断すること
あかしや(奈良県奈良市)
古都・奈良で当地の伝統工芸品「奈良筆」をつくり続ける「あかしや」は今年で創業391年。現在では書道用の筆だけにはとどまらず、筆づくりの技術を生かして筆ペンや化粧筆なども製造している。8代目として会社を発展させ、現在は9代目社長に経営の道を譲っている水谷悦郎会長に、長寿企業を経営していくうえでの社長の役割などについて話を伺った。
後継ぎは血縁にこだわらず
「長寿企業を経営していくうえでの秘訣といわれましても、これまでそんなことを意識してきたかなというのが正直な気持ちです。経営者としてやるべきことをやってきただけですので」と水谷会長は開口一番、こう言った。「あかしや」は、奈良市の平城宮跡から歩いて20分ほどのところにある。今から約1200年前に弘法大師(空海)が中国で修めた筆の製法により、今もこの地で伝統工芸品としてつくられ続けている奈良筆。あかしやは江戸時代初期の寛永元(1624)年にこの地で創業した。
「あかしやがここまで長く続けてこられた大きな理由は二つあります。一つは、血縁にこだわらずに後継者を選んできたこと。これまで、他家から養子を取ってでもトップには会社にとって最適な人物を据えてきました。親子の情と会社の経営は冷酷に分けて考え、時代時代に合ったリーダーを選んできたのです。簡単に言ってしまうと、血縁であっても社長として適切でない者には後を継がせないということです。これが会社にとって一番良かったのです」と水谷会長は言う。実際、あかしやを代々受け継いできた水谷家の当主も、名字こそ水谷だが、数代前とは直接の血縁はないという。
「私の後を継いだ現在の社長は私の実子ですが、これも、若いときに大手企業で10年ほど営業・経営の経験を積ませ、直属の上司という第三者から能力や勤務ぶりなどをお伺いしたうえで、継がせるべきかどうかを判断しました」
その分、後を継がせた以上は全てを任せる。5年前に社長の座を譲った際、国内の会社に関しては全権を渡し、水谷会長は経営にもうタッチしていないという。
強いリーダーシップが必要
「もう一つの重大な要因は、本業以外のことには一切手を出さなかったことです」と水谷会長は言葉を続ける。
「例えば、もしバブルのときに投資などに会社の金をつぎ込んでいたら、うちの会社はとっくにつぶれていたでしょう。私どもの本業は筆をつくること。筆をつくるという中心さえブレなければ何をやってもいいと、私は社員たちに常々こう言っています。われわれがこれまで蓄積してきた技術を守りながら、新たな枝葉を出して攻めていくんだと」
新たな枝葉を出していかなければならない大きな理由が書道人口の減少である。以前に比べて10分の1となり、今では700万人を切っているという。そこで新たに開発したのがカラー筆ペンと化粧筆だった。筆を使って〝書く〟から顧客層を広げる〝描く〟〝塗る〟に発展させた例だ。特にカラー筆ペンは、東洋の文化である書道という枠組みから飛び出し、世界へ羽ばたこうとしている。
「もう一つの理由が伝統工芸の技術者の減少です。私はそれを見越して、40年ほど前に中国に工場をつくり、そこで中国人技術者たちに奈良筆の技術を教えてきました」
40年前といえば中国はまだ改革開放前。この時期に中国に進出する企業などほとんどなく、奈良県内の企業では初めてだったという。
「伝統産業の技術を外国に持ち出すのかなどと批判もされましたが、技術者の減少は目に見えている。私は一刻も早く技術の移転を図らなければと思っていました」
その後、紆余(うよ)曲折はあったものの、この決断は見事に当たり、今では200人もの現地技術者でフル生産しているが、それでも追いつかない状況だという。
最後に、水谷会長は企業の社長に必要な資質についてこう語った。
「中小企業にとって一番大事なのは、やはり強いリーダーシップを持った社長。企業の攻め時・守り時を見極め、自社が持つ革新的な技術を使った商品をいかに開発していくか、それを素早く決断できる判断力が社長には求められるのです。これは長寿企業ではなくても同じことだと思います」
会社データ
社名:株式会社あかしや
住所:奈良県奈良市南新町78-1
電話:0742-33-6181
代表者:水谷 豊 代表取締役社長
従業員:50人
※月刊石垣2015年6月号に掲載された記事です。
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