事例2 危機を好機に変えた親・子・孫三代のチャレンジ精神
馬居化成工業(徳島県鳴門市)
慶長4(1599)年創業の馬居化成工業は今年で416年目を迎えた。創業の地である徳島県では最古、四国全体でも3番目という長い歴史を誇る。そして、市場シェアナンバーワン製品を持っているが、安定した経営環境に甘んじることなく、新事業に挑む。
大きな環境変化を乗り越える
製塩技術者だった馬居七郎兵衛と大谷五郎右衛門は、当時の阿波藩主・蜂須賀家政(蜂須賀小六の息子)により播州から招かれ、現在の鳴門市内に潮の干満差を利用して海水を塩田に引き入れてかん水と呼ばれる濃い塩水をつくる入浜式塩田を開拓した。馬居家は江戸時代、明治維新を乗り越え12代までは順調に製塩業を続けた。
転機は明治38(1905)年、13代・馬居邦昭さんの時代に起こった。塩専売法が施行されたことで、製塩業は塩業組合に移管され、家業を手放すことになったのだ。邦昭さんは新事業を模索し、塩の副産物である「にがり」に着目。その有効成分を原料にした製薬業を始めた。昭和21年には工場を設立し、にがりから採れる硫酸マグネシウムの製造を開始した。
ところが42年から塩田が廃止され、製塩方法が電気の力を利用して海水中の塩分を集めるイオン交換膜方式に切り替わった。そのため、にがりに硫酸マグネシウムが含まれなくなった。主力製品の原料の供給元を失うという危機に直面した14代・英治さん(現社長の父)は、社運を賭けて硫酸マグネシウムを化学合成する技術に取り組んだ。そして、43年、量産化に成功する。
当初は製造コストが高く販売に苦心したが、やがて自動車や家電向けのABS樹脂の製造に使われるようになり需要が急増。生産能力に余裕があった馬居化成の硫酸マグネシウムは市場シェア6割を占める主力製品に成長した。
15代目となる現社長の正治さんが大学卒業後勤めていた銀行を辞めて、馬居化成に入社したのは平成8年である。30歳を前に、英治さんから「そろそろ決めろ。戻らないのなら他の者を後継者にする」と言われ、「上司の指示で動くよりも、自分で決めて動く方が性に合っている」と考えての決断だった。14代目英治さんの手腕によって事業は無借金経営を続けるなど順調だったが、正治さんは大手顧客企業の要望に応じて化学製品を製造する下請け型BtoBのビジネスモデルに限界を感じていた。
下請け型企業からの転換
18年、社長に就任。売上を拡大するため、新製品を開発するたびに大手顧客企業へ提案するものの、徐々に採用に至らないケースが増えてきてしまった。
「これまでの営業手法が、通用しなくなっているのです。大手顧客企業が海外進出して国内市場が縮小していることが背景にあります。下請けのままでは先細りしてしまう。こうした危機感から、自社開発製品を自社販路で売るという目標を立てました」
馬居化成は化学品製造業でありながら、東京と大阪の営業所は100アイテムを超える化学品商社としての機能を持つ。すでに器はある。そこへ何を乗せるのか。いくつものアイデアが生まれては消えていった。そんなとき、「エプソムソルトを売ってほしい」という個人の注文がぽつぽつと入るようになった。エプソムソルトとはハリウッドセレブがこぞって使っているといわれる入浴剤のこと。美肌、ダイエット、デトックスといった女性の願いを叶(かな)える効果が期待できるのだが、大半がアメリカからの輸入品のため高価だった。主成分は硫酸マグネシウムなのでネット検索して馬居化成にたどり着いたらしい。
「エプソムソルトをデザインして、ストーリーを乗せて売ることはできないか」。そう考えた正治さんは、ケミカルスペシャリストの松本知浩さんとのコラボでバスアイテムとアートのブランド「UMAI(ユマイ)」を立ち上げた。26年4月に自社サイトで通信販売を開始、この6月には東京営業所を改装して旗艦店「NEHAN TOKYO」をオープンしアイテム数も増やす。
本格的にBtoC事業に参入することで28年には浴用製品の年商5000万円を目指す。26年5月期の売上高が44億円だから、太い柱ではないが、社員は未知への挑戦で着実に力を付けている。
「先代はフラットな組織の上に立って各社員に直接指示を出す経営スタイルでした。しかし変革が激しい今の時代はリーダーの指示を仰がなくても、組織で考えて動くことが求められます。そのため部長や課長が考えて答えを出して自ら動く組織にしたい」(正治さん)
馬居化成は、製品、技術、サービス、人間力、創造性を追求する。このことで10年後はクリエーティブメーカーに生まれ変わることを目指している。
会社データ
社名:馬居化成工業株式会社
住所:徳島県鳴門市撫養町黒崎字松島60
電話:088-685-4175
代表者:馬居 正治 代表取締役社長
従業員:60人
※月刊石垣2015年6月号に掲載された記事です。
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