5年に及ぶ交渉の末、わが国の成長戦略の柱とも言うべき環太平洋経済連携協定(TPP)交渉が大筋合意に至った。協定が発効すれば世界最大規模の自由貿易圏が誕生する。また、一昨年末、日本商工会議所の三村明夫会頭が会長を務めた「選択する未来」委員会が取りまとめた報告書を踏まえ、50年後に1億人の人口を維持することが国家目標となった。これらの実現や、日本の潜在成長率の引き上げなど、日本経済再生に向けたかじ取り役である、経済再生担当大臣の甘利明氏をゲストに迎え、三村会頭と、日本のあるべき将来像などについて語っていただいた。
TPPが導く生産性革命
日本を「投資ハブ」へ 甘利大臣/中小企業にもメリット 三村会頭
甘利 TPPの合意の意義は、規模が世界最大級であることと、質が世界最高レベルであることです。その質の意味は「野心のレベル」が高いこととカバレッジの範囲が広いこと。世界最大級、世界最高品質の経済エリアができたということです。加えて、多くの国が参加を希望しています。つまり、TPPの中でつくられた基準が世界基準になっていくということです。高い野心、つまり、品質のいい経済連携協定ができて、その協定の内容を了解した国に参加資格があるということですから、拡大していく中で、いわゆる品質が下がっていくことはないわけです。
併せて、TPPは、東アジアにアメリカが関与することになるということがポイントです。私は、アメリカの関係者に、「TPPを成功させることは、アメリカが世界の成長センターであるアジアの準会員になれるということですよ」と言いました。非常に大きな意義のある経済連携協定が結ばれたと思っています。
三村 これだけ大きな経済圏を対象にするレベルの高い協定は過去に例がありません。TPPが一つの世界標準になり、加盟国は、そのメリットをお互いに享受できる。まさに進歩するTPPという側面もあると思うのです。
甘利 台湾、韓国は参加に強い関心を示しています。改革努力を何もしなくても入れる経済連携協定は、実はあまり魅力がないのです。今、日本がアベノミクスで取り組んでいる国内の改革努力は製造業だけでなく、流通業やサービス業、あるいは農業の生産性革命に向かい合っていかなければなりません。TPPは連鎖反応を起こすと言っているのですが、今まで滞っていたものが動き出します。
三村 中小企業の立場からすると、TPPによってルールが非常に明確になります。予見性もあるし、透明性もあるので、余計な心配をしないで、TPPの加盟国に投資や輸出ができるという特徴があります。中小企業にとっては、使い勝手が良いと思うのです。
もう一つは、TPPは今の成長戦略の中では非常に重要な地位を占めるのではないでしょうか。政府は名目GDP600兆円を目標として出していますが、TPPは多様な産業の生産効率を高めるきっかけを与えてくれると思います。
甘利 TPPはアベノミクスの大きな柱の一つです。日本経済活性化のキーワードである「消費と投資」が経済をけん引していければ、600兆円達成もそう難しいことではありません。
人口問題については、三村会頭に大変な努力をしていただいて、「選択する未来」委員会で立派な提言もいただきました。人口減少に手をこまねいていれば1億人を切るような国になってしまう。経営者の中には市場が縮小していく国に投資をするのはリスクがあるという人がいますが、全然違う。TPPによって工業品関税は全部ゼロになります。輸出先の知財のルールも統一されて、模倣品、海賊版対策もきちんとできる。また、海外に進出した場合の投資に対して、技術移転をせよ、ローカルコンテンツを活用せよ、といった過大な要求も拒否できる。
日本を海外からの投資拠点に導くのがTPPです。投資拠点となるためには、研究開発の基盤がしっかりしているということが大切です。輸出先のエリアに関税がなくて、知財などのルールも同じルールに標準化されていて、その経済域がどれくらい大きいかというのが、投資の判断材料となります。TPPは日本を「投資ハブ」にするような取り組みです。
三村 日本企業の事業環境は六重苦と言われ、その一つに、自由貿易協定の遅れが挙げられていました。日本企業が国内投資を抑えて海外投資を進めた理由の一つです。例えば韓国は、われわれよりもはるかに自由貿易協定が進んでおり、日本の化学メーカーが韓国に工場をつくったりしていたのです。
しかし、TPPによって、われわれはその条件では負けなくなる。また、中小企業が一番困るのは、海外に進出してからその国のルールが変わることで、とりわけ撤退が難しい。TPPでは、後からのルール変更はなくなり、輸出に当たっての通関手続きも大幅に簡略化されます。
甘利 日本が最後の参加国ですが、TPPが大筋合意になって、多くの参加国から感謝されています。アメリカという世界最大規模の国があって、あとは経済規模で言えば小さい国が並んでいたのが、日本が入ってバランスが取れたのです。ルールの統一に行き着く過程で、伝統的なその国の政策を一挙に全くなしにはできないというときも、日本はアメリカに対等に物を言い、対等に交渉しましたし、経済小国の悩みも聞いてあげました。
三村 TPPが大筋合意に至る過程においては、特に北海道などは厳しい状況に置かれたと思います。「理解活動」を全国各地で行い、商工会議所全体としてTPPに賛成しました。中には、本当は文句を言いたいという「沈黙の了解」もあったと思います。個々の中小企業にとってのTPP活用策を説明し、理解を深めていただきたいと思っています。
農業の産業化・海外展開
「守り」から「攻め」に変化 甘利大臣/地域資源を最大限活用 三村会頭
甘利 日本の農業者には二つの思いがあります。一つは、農産品は価格競争力がないから攻め込まれてしまうという不安です。もう一つは、若い世代に多いのですが、弱いところを国が補てんしていくというのではなくて、日本の農産品は価格以外での評価は高いのだから、ターゲットを絞り込んで攻めていくという、TPPを契機に、「守りの農業」から「攻めの農業」に変えていくという思いです。
今、農業従事者の平均年齢は66歳です。うまく政府が後押しをして、しのいでもらいたいという思いも強いでしょう。でも、若い人は、これから30年農業をするとしたら、政府補てんで生き長らえるというのでは、とても魅力がない。魅力ある農業にしなくてはいけないという考えの人が多いのです。
必要なのは農業の産業化、農家の企業化です。つまり、経営という視点です。企業はマーケティングやIT導入などにより生産性を向上し、経営革新をしていかなければなりません。今、農水省が海外展開を推進しており、農林水産物・食品の輸出は、2012年に4500億円であったものが2014年に6000億円に増加しています。2020年の1兆円の目標も前倒しを目指します。攻めの経営につながる予算付けをしていくべきだと思っています。
三村 商工会議所の大きな使命は地方の再生です。そのために絶対必要なのは、地方にある資源を最大限活用することです。農林水産業は産業として若者が引き付けられて、それで活性化されるような産業に変わらなければならないと思います。
人口減少問題への対応
現役世代にも社会保障を 甘利大臣/恒久財源ベースの対策に 三村会頭
三村 日本の大きな問題は少子化です。このまま進めば50年後には人口は8000万人になり、国内市場は縮小する。TPPがあっても、国内投資をする人が減ってしまい、イノベーションも起きない。今回、「一億総活躍国民会議」が「出生率1・8」という具体的な国家目標を示し、実現へあらゆる資源を投入する決定をしたのは、わが意を得たり、という思いです。
甘利 三村会頭に座長をしていただいた「選択する未来」委員会はタイトルからして非常に意欲的です。未来は手をこまねいて受け入れるものではなくて、未来はわれわれがつくっていく、つまり選択できるというタイトルで、私は感激しました。希望を取れば、ほとんどの人が「チャンスがあれば結婚したい」と考え、結婚している人は「条件さえ整えば、これ(1・8人)くらい子どもを持ちたい」と思っています。それをかなえていくため、2020年までに環境整備をしようということになりました。
結婚・妊娠・子育てと自分自身の自己実現、女性の社会参加が両立するような環境整備をしていこうということです。多子世帯は負担が大きいため支援をしていく。さらに「ひとり親家庭」の子育てをどう支援していくか。保育所の拡充、幼児教育無償化の拡大なども推進します。
三村 今、出生率は1・42まで少し上がりました。これが1・8になれば本当に良いと思う。具体的なトレンドの変化ができるだけ早期にあってほしい。この4~5年の対策が非常に大事になってくると思うのです。
甘利 日本の社会保障制度はリタイアした世代に対する支えです。現役世代に対する支えは極めて手薄です。それを、この社会保障制度改革では、まず現役世代から支えていく。今までは消費税が医療・介護・年金などリタイア世代に向けられていましたが、子育てなど現役世代にも社会保障が向けられるように発想転換したのです。
三村 子どもを産んだら、社会全体が支えてくれるという確信を持てないと、女性はなかなか子どもを産まない。少子化対策は、ある程度恒久財源をベースとした対策にしなければなりません。裕福な高齢者などは、社会保障財源が少子化対策に使われるということが明確になれば、そのコストを負担してくれると思います。
甘利 世代間負担だけでなく、その中に応能負担という発想も盛り込んでいくということです。
サプライサイド政策
潜在成長率を引き上げる 甘利大臣/規制改革、企業合併が必要 三村会頭
甘利 デフレ脱却の手順としては、需給ギャップ縮小の次はサプライサイドの改革です。産業全体を高収益体質へ、製品の高付加価値化や生産性向上によって経済全体の潜在成長力を引き上げる。そのために規制緩和は非常に大事です。事業を展開していく際に、余計な手続きやコストが掛かりますが、その障害物を取り払っていけば、スピード感が違いますし、コストも安くなっていくわけです。
それと大学が主体で行っている基礎研究と、企業が主体で行っている実用化研究をつないでいく。そのつなぎ役を国立研究開発法人が担うというような仕組みをつくっているところです。
三村 日本が成長するためには潜在成長率引き上げのための3要素、国内の資本蓄積、労働人口、トータル生産性を引き上げるサプライサイド政策が重要です。「生産性」というのは、多くの要素からなり、規制改革もその具体的な要素の一つです。
また、企業の合併も全然進んでいない。健全な企業同士が合併して、より効率化して進むことも視野に入れるべきでしょう。さらには企業系列を超えた連携も行われておらず、大きな技術開発を併うナショナルプロジェクトはあまりありません。本当は企業が自ら頑張らなければいけないが、何らかの音頭が必要ではないかと思っています。
甘利 政府も不採算部門を切り離して生産性を上げるような仕組みをつくっているのですが、なかなか思うような活用がない。デフレが20年間続きましたから守りが常態化している。今打って出るチャンスですが、なかなか踏み出せない、リスクを取れないというところがあるのかもしれません。政府は環境を整備して後押しをしていきますが、外国の優秀な企業のM&Aなども必要だと思うのです。
今、企業の内部留保を、攻めていくための投資に充てるという発想を持っていただきたいです。
三村 大手企業の多くは史上最高の利益を上げており、TPPの大筋合意などにより、経済成長への期待も高まっています。人手不足を踏まえ、省力化投資が必要であり、設備老朽化も目立っています。省エネ投資も必要で、さまざまな形で投資の機会が増えており、7―9月期の法人企業統計では、全産業の設備投資は11・2%増です。全体の機運は段々と盛り上がっているのではないかと期待しています。
ただ、設備投資がすぐに出ていない理由について、仮説はいろいろあります。一つは、20年間もデフレだったため、なかなかそのマインドから脱却できない。仮説の二は、120円という円安になりましたから、国際競争力上非常に有利な立場にもかかわらず、企業はまた円高になるのではという心配を持っているというものです。
甘利 20年間で設備機器が、製造業で5年、サービス業で6年古くなっています。つまり、中古の機器で戦っているわけです。一挙に最新のものにすれば、省エネで省力化にもなり、外国のライバル企業に差をつけるという千載一遇のチャンスのはずなのです。
三村 今は実質金利がマイナスでしょう。金利面でも、お金を調達しようと思えば、今は非常に有利に調達できる状況です。日本経済が全体として設備投資を行う方向に行って、若干ためらっている経営者の背中を押すことになれば、日本経済の好循環も進むのではないかと思います。
商工会議所への期待と果たすべき役割
アベノミクスのキーマン 甘利大臣/農商工連携、観光振興は使命 三村会頭
甘利 アベノミクスを全国津々浦々、地方に展開をしていく。これは観光をはじめとするサービス産業、一次産業がポイントといわれていますが、中小企業が当然多い。中小企業は事業所のシェアでも雇用数でも圧倒的で、中小企業が元気になるということは、実は地方が元気になるということになります。
商工会議所にはTPPと相まってアベノミクスが全国津々浦々へ展開していくのに重要なキーマンになっていただき、地方創生の主役にもなっていただきたい。商工会議所としっかりコラボし、中小企業にTPPを分かりやすく説明して活用を促したいと思います。
三村 中小企業は大企業よりも収益率が低いですが、賃金は60%の中小企業が上げており、設備投資も42%の中小企業が前向きです。中小企業の一つの強みは、こういう変化への対応が極めて素早い点だと思うのです。それが多くの中小企業が百年企業として生き延びてきた大きな理由です。変化への対応を決断し、自社の行く末に全責任を持つ。私はそういう中小企業を誇りに思っています。
また、地方創生の実現に向けて、農商工連携の推進や観光振興も、われわれの使命です。大臣の期待にぜひともお応えしたい。
甘利 サービス産業も地方を支える主体になっており、その生産性向上のスキームをつくって、ベストプラクティスの横展開とか、製造業のノウハウをサービス業につなげるとか、今いろいろなことをやっています。今後も総力を挙げて、わが国経済を後押ししたいと思います。
(聞き手=八牧浩行)
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