宿場町として栄えた、ホスピタリティのあるまち
北上市は人口9万人を擁する東北有数の工業都市だ。岩手県のほぼ中央に位置し、古くは北上川舟運の河川商港や宿場町として栄えたことでも知られている。かつて仙台藩と南部藩の境にあったため南北に奥州街道、東西に平和街道が走っており、宿場町として発展した。寛永年間(1624~43)には舟運がスタート。北上の河港は北上川最大の港で、北上~盛岡間を結ぶ小型の小操船と、北上~石巻間を結ぶ大型の艜船の積荷を入れ替える重要な中継点としても発展した。しかし明治以降、北上川舟運は鉄道にその役割を譲ることになる。 現在は、東北有数の工業都市として知られる北上市だが、当時は産業に乏しいまちだった。そのため、企業を誘致し、産業と雇用を生むことが大きな課題だった。そこで昭和初期に黒沢尻町(現・北上市)は岩手県に対し、工業高校の設置を陳情。町は当時の歳出額の約2倍に当たる費用を負担し、昭和14年に黒沢尻工業高校を開校。28年には「工場誘致推進協議会」を結成するなど企業誘致を積極的に進めてきた。今の姿はこのような積極的な取り組みの成果といえるだろう。
まちの魅力を北上商工会議所の中村好雄会頭はこう話す。
「北上市は経済雑誌の住みよさランキングで6年連続岩手県内で1位に選ばれているように衣・食・住のバランスがとれています。市への誘致企業が220社を超え、業種は自動車関連、半導体関連、IT、輸送関連、食品関連など多業種にわたります。この大きな要因としては北東北の交通の要衝として青森、秋田、宮城に高速道路で2時間圏内であることが評価されているのだと思います」
中村会頭の言葉通り、交通の便は抜群だ。市内を南北にJR東北本線、国道4号が貫き、JR北上線、国道107号が東西に走っている。さらに東北新幹線、東北縦貫自動車道や東北横断自動車道秋田線など高速交通体系も整備され、首都圏と2時間30分、日本海と1時間30分で結んでいる。
このため、今では物流ネットワークの中枢を担う北上流通基地を有しているほか、自動車や食品関連の配送拠点ともなっている。また、市内の工業団地は8カ所。特に加工組み立て産業を中心とした先端技術産業の立地が進んでいる。それだけでなく企業の本社や研究部門などの産業業務機能を集積するための北上産業業務団地(オフィスアルカディア北上)を整備。入居も進んでいるという。このように平坦で広大な土地と豊富な水に恵まれた地で産学官が連携。積極的な技術開発を展開し、現在、工業都市として着実に発展している。このありようはまさに北東北の十字路的役割を担っているといえるだろう。
北上市が多くの企業をひきつける要因を中村会頭は立地条件以外にもあると指摘する。
「北上市には宿場町として古くから栄えた歴史があります。そのため、域外からのお客さまに対する伝統に培われたホスピタリティがあるのです。歓楽街の青柳町は他県からいらっしゃる方々との交流の場としてにぎわっています。とてもアットホームな雰囲気で親しみをもってもらえると思います」
物流ネットワークを生かし食産業の活性化を図る
岩手県の基幹産業は農林水産などの一次産業だ。北上市の特産品にも「二子さといも」「きたかみ牛」「しらゆりポーク」「夏油高原アスパラ」などの優れた農産物があるが高付加価値化が課題となっていた。
そこでこれらの農産物を使った「北上コロッケ」を開発。「B-1グランプリ」へ出場するなどの活動を通じて今では市内36店舗で味わうことのできるご当地グルメとして定着させた。
さらに同所は「北上ブランド開発事業」として平成23年から二子さといもの普段は出荷されていない部分を使ったお菓子として、「かりんとうまんじゅう」「サクサクもっちりタルト」「しっとりショコラ」の三つの商品を開発。「北上讃菓」として全国に広くPRしている。こうして、付加価値の高い食産業の活性化を図っているのだ。
「食産業に携わる企業・行政を集めて『南いわて食産業クラスター形成ネットワーク(代表:中村会頭)』という一つの組織を立ち上げました。この組織は、県南地域を中心として、食品産業全体の活性化や産業競争力の強化を図ることを目的としています。産学官金連携によって、地域の農産物の高付加価値化を図るとともに、新製品や新規事業の創出なども狙っています。会員数は当初80社でしたが、今では320社まで増えました。分科会もあり、商品開発や生産システムの見直しのほか、被災した企業と共同で他県に行き販路を開拓しています。北上市は北東北の交通の要衝ですが、さらに物流ネットワークの整備・拡充が必要であると感じています。今後も食産業の活性化に力を入れて取り組んでいきます」(中村会頭)
文化と自然という観光資源
北上市は、全国有数の民俗芸能の宝庫でもある。市内には200団体もの民俗芸能が伝承・保存されており、特に「鬼剣舞」は北上を代表するものだ。このほか「神楽」「鹿踊り」「田植え踊り」なども楽しめる。また、文化遺産も数多く残っている。藩境塚、樺山遺跡、江釣子古墳群、聖塚なども見逃せない。これ以外にも西部に位置する夏油高原温泉郷の春の新緑、秋の紅葉など四季折々のさまざまな表情を見せる自然も魅力だ。
北上市の観光資源の魅力について中村会頭は、「なんといっても春の『北上展勝地さくらまつり』の期間の展勝地公園の桜が美しいです。弘前、角館の桜と並び、みちのく三大さくら名所に数えられており、さくら名所百選にも選ばれました。北上川に沿って約2㎞の桜並木のほか、公園内には約150種、約1万本の桜が自慢です。特に台湾からの観光客に好評でリピーター獲得に成功しています。6月には『夏油高原新緑まつり』、8月には『みちのく芸能まつり』、9月には『ご当地グルメイベント』、10月には『夏油高原紅葉まつり』など、多彩なイベントがあります。特にみちのく芸能まつりの鬼剣舞は素晴らしいので、ぜひ見に来てほしいですね」と笑顔で話す。
スポーツの祭典の開催地として注目
近年、大規模イベントや国際大会の注目度も高まっている。北上市には国体など全国規模の競技を開催することができる陸上競技場や総合体育館、また、最大1500人を収容できる文化施設「さくらホール」が整備されている。こうしたこともあり、平成11年8月には、同市を主会場として高校生のスポーツの祭典「全国高等学校体育大会(インターハイ)」が岩手県で初めて開催された。昨年には「アジアマスターズ陸上競技大会」が開催され、24の国と地域から2879人が参加。28年10月には陸上競技場で「希望郷いわて国体」の総合開・閉会式が開催されるなど大きなイベントが目白押しだ。 また、同市はラグビーが盛んな地域でもある。ラグビートップリーグのチームを招いての試合が行われるなど、31(2019)年に開催されるラグビーワールドカップ参加国のキャンプ候補地としても注目を集めている。
世界に一つだけのILCを復興のシンボルに
現在、岩手県では、産学官民をあげてILC(国際リニアコライダー)の日本・東北誘致実現に向け活動している。ILCとは、地下約100mに全長31~50㎞の直線トンネルを掘って建設される超大型の線形加速器のこと。宇宙創生のビッグバン直後の状態をつくり出し、物質の根源や宇宙誕生と進化の謎の解明などに向けた実験を行う、世界に唯一建設される予定の基礎科学の国際拠点である。このような拠点がわが国に建設されれば世界への貢献度が増すばかりでなく日本の科学技術が飛躍的に進展することが期待される。
北上山地はILCの立地に好条件が揃っている。岩手県奥州市から一関市にかけての北上山地の地下にとても丈夫な「花崗岩」の岩盤が南北に延びており、東日本大震災の影響も調査した結果、地中に関しては非常に安定していることが証明されている。ILCの建設が実現すれば、基礎科学の発展を担う世界第一線の研究拠点が誕生する。そうなると、世界中から3000人近い研究者とその家族が岩手県に暮らすようになる。東北に多文化が共生する国際都市がつくられることになるわけだ。「国内外の学術関係の方が北上山地が最適地だと評価してくれました。東日本大震災からの復興のシンボル事業としてぜひ実現させたいと思います。そのためにもこの1〜2年は大切な時期です。広く全国民的なコンセンサスを得て実現に向けて進んでいきたいと思います」(中村会頭)。
市町村合併を経て地域の力を一つに
平成の大合併の先駆けとして平成3年に旧北上市と和賀町と江釣子村の3市町村が対等合併。これに伴い商工団体も合併することになった。当時を中村会頭は次のように振り返る。
「会頭に就任した16年当時は近接する旧和賀町と旧江釣子村にそれぞれ商工会がありました。私には旧北上商工会議所と2商工会が合併し、一つになることで、北上の商工団体の力を結集させたいという思いがありました。そして、お互いの風通しがよくなることも期待したのです」
合併にあたってはさまざまな困難があったが、それを乗り越え、18年に3商工団体の合併がついに実現。「新」北上商工会議所が誕生した。
「ただ合併するだけではなく、大きな一つの塊となって活力のある商工会議所にならなくてはいけません。そのためにはチームワークのとれた風通しの良い組織になる必要があります。会頭就任以来、そこに労力と時間を費やしてきました。おかげで現在、会頭となって4期目となりますが、その成果を感じています」と中村会頭は笑顔を見せる。
市町村合併を経て一つになった北上市。「北東北の十字路」の異名を持つまちの本領発揮はこれからだ。
最新号を紙面で読める!