大阪中心部から1時間以内の立地
和歌山県橋本市は昔から高野山参詣の宿場町、伊勢街道と高野街道が交わる交通の要衝として発展。さらに、まちを流れる紀の川を利用した水運で栄えたまちだ。橋本商工会議所の畑野富雄会頭はこう話す。
「橋本のまちを開いたとされる応其上人は38歳のときに、高野山に上りました。その後、荒地をひらいてまちをつくり、高野往還の宿所としたといわれています。その際に旅人の便宜を図るため、紀の川に橋を架けた。これが『橋本』の地名の由来です。また、天正15(1587)年に、豊臣秀吉から、船で運んできた塩を売る塩市を開く許可を得ます。その後、塩に対する免税措置が認められ、橋本の発展の基盤となりました」
そして、現在の橋本には新たな顔がある。それは、「大阪に一番近い田舎」という顔だ。大阪の中心部「なんば」から南海電鉄で約40分。ベッドタウンとしての開発も進み、新住民も増えた。企業誘致も順調で続々と有力企業が集まっている。市北部のニュータウン住民も巻き込み、市民が一体となったまちづくりも進展。「出産・子育てしやすいまち」関西圏2位にも選ばれた。「昔は、なんばから1時間30分かかりましたが、徐々に時間が短縮され、今では林間田園都市駅まで最短39分です。商工会議所の地道な働き掛けが、この実現に寄与したと自負しています。大阪で働く人が橋本に住んでくれるようになり、定住人口が増加しました。それにここは、都会から一番近い田舎。自然の魅力にもあふれているんです」
畑野会頭がこう話すように、大阪中心部から近いにもかかわらず、橋本には自然の魅力が満載だ。その魅力に親しんでもらおうと橋本商工会議所がつくったのが、「はしもと秘密基地0号」だ。高野山のふもと、紀の川の河畔にツリーハウスとウッドデッキが用意され、無料で利用できる。「橋本の里山をぜひ体験してほしい」と畑野会頭は笑う。
橋本ブランドの掘り起こしとブラッシュアップ
橋本の名産というと、全国で90%のシェアを誇る紀州へら竿、織物の基布に毛(パイル糸)が織り込まれている有毛布地、パイル織が有名だ。橋本商工会議所は、これらに加え、地元資源を掘り起こし、これらを新たな地域の名産に育てようとしている。
橋本商工会議所のホームページを見ると、真っ先に目に飛び込んでくるのが、鳥のゆるキャラ「ひねキング」だ。そう、橋本はニワトリの産地でもあるのだ。
「和歌山県で生産している鶏卵の50%は橋本産です。ということはここに、その親鳥(ひね鳥)もいるわけです。この〝ひね鳥〟を使った〝ひねメニュー〟の開発に力を入れてきました。今では市内の飲食店でいろいろなメニューが食べられます。県外の方にも食べてもらいたかったので、レトルト食品の開発にも挑戦しました。完成した『ひねキングカレー』はひね鳥の骨付きもも肉が一本丸ごと入ったカレーです。商工会議所で運営しているWEBショップ『高野山麓』でも買えますよ」(畑野会頭)
また、橋本の特産品をふんだんに使った「はしもとあられ」も注目だ。老舗のしょうゆ蔵「カネマサ醤油」(大正13年創業)のしょうゆと、橋本に江戸時代から伝わる太いごぼう、「はたごんぼ」を使っている。
「はたごんぼは非常に太くて、収穫が難しい。そのため、栽培する人が少なくなってしまい、一時は〝幻のごぼう〟とも言われていました。でも、近年、復活させようという動きがあり、県の優良産品を表彰するプレミア和歌山で審査員特別賞にも選ばれました」(畑野会頭)
ひねキングカレーや、はしもとあられは橋本商工会議所が主体となって開発した橋本をPRする「商工会議所PB商品」だ。そして、それを販売するネットショップも商工会議所が運営している。橋本商工会議所の松谷佳幸専務理事は、「まず商工会議所が先頭に立って、〝こんなことができる〟というのを見せていかなければならないと思っています。そして、ある程度まで軌道に乗ったら運営を他の企業や団体に譲ってもいい。参考にして独自に商売を始めてもらうのもよいですね」と話す。
周辺地域と連携した魅力向上策
平成18年、旧橋本市と高野口町が合併、現在の橋本市になった。旧橋本市には「紀の川祭り」、高野口町には「紀の川かっぱ祭り」という伝統的な祭りがあったが、合併を機に祭りも合体。「SUMMER BALL」として生まれ変わった。現在では、橋本市の夏の一大イベントとして認識されるまでに成長している。しかし、〝祭りの合体〟には大変な苦労があったと畑野会頭は振り返る。
「やはりどちらも歴史があるお祭りなので、大変でしたね。ここで力を発揮したのが青年部のメンバー。実際の祭りの運営も青年部が中心になりますし、やはり、自分たちがこうしたいと主体的につくりあげていったものでないとうまくいかないとも思っていましたから、彼らが中心になって新しいお祭りをつくったというのは、将来を考えてもよかったと思います」
二つのまちの祭りが一つになって生まれ変わったことで、その魅力は格段に増したといえるだろう。これは、旧橋本市と高野口町の連携だが、さらに広域での連携も進んでいる。その中の一つが「高野七口ブランド」だ。高野七口とは、外界から高野山に入るための七つの入り口のこと。この事業には橋本・伊都地域の商工会議所と商工会で構成する伊都橋本産業創造センターが取り組んでいる。橋本商工会議所の辻本卓央事務局長はこう説明する。
「高野七口ブランドは、伊都橋本地域(橋本市、かつらぎ町、九度山町、高野町)の地域ブランドです。ジャンルは『スイーツ』『さとぱん』『ええもん』『焼きもち』『せんべ』の5つ。この地域の歴史や自然を生かした新しいおいしさを『高野七口ブランド』として認定しています」
高野七口ブランドでスイーツを開発したケーキ・テルの小林照明さんは「和歌山のみかん、梅、柿、ごまを使った商品を開発しました。和歌山は果物の栽培が盛んで、ふるさと納税でも希望品目は果物がトップ。でも、加工品が弱いという側面もある。だからこそ、地元の果物を使った特産品をつくっていきたいという気持ちがあります」と笑顔を見せる。
周辺地域との連携はブランドづくりだけにとどまらない。今後、広域の観光法人を設立する計画もあるという。
「例えば、かつらぎ町では1日体験型の農園をやっている。高野山観光もある。もちろん橋本にも見所がたくさんあります。これらをうまく連携させれば、観光でいらした方の滞在時間が増えるはずです。大阪や奈良の一部を含んだ広域観光のプラットフォームができれば地域全体にメリットがあると考えています」(松谷専務)
駅前ににぎわいを
橋本は高野山参詣の宿場町として栄えたことで知られるが、現在も、高野山に参詣する際、橋本に立ち寄る人は多い。橋本市観光協会の南出幸代さんと山迫理恵子さんは「観光バスで橋本までやって来て、橋本駅から南海電車の〝天空〟に乗り換えるという方も多いですから駅前ににぎわいをつくりだすことが大切だと感じています。その一助になればと月1回、駅前でイベントを開催しています」と話す。
その橋本駅前には、あるマンガのキャラクターが佇んでいる。楳図かずおさんの描く「まことちゃん」だ。まことちゃん像設置に至る経緯を橋本商工会議所の豊澤康範相談所次長はこう振り返る。「楳図さんは、和歌山県の高野町で生まれ、奈良県の五條市で育った方。近い地域のご出身ということで、以前、商工会議所で中心市街地の空き店舗対策事業をしたときに協力をお願いしました。その縁で駅前ににぎわいを生むために〝まことちゃん〟のキャラクター使用をお願いしたところ、快諾いただきました。今では人気スポットの一つです」
経由地ではなく目的地になるために
橋本市および、その周辺地域では、近年大きなイベントが多く、地域全体が注目を浴びている。橋本商工会議所女性会では来年、関西商工会議所女性会連合会総会の開催を予定している。向井征美女性会会長は、「高野山開創1200年大法会、紀の國和歌山国体、ゴルフの関西オープン(来年)、NHK大河ドラマ『真田丸』(隣の九度山町)など、この地域が注目を集めています。こんなときに女性会のブロック総会を開催できることは大変光栄です。地方都市なので制約はありますが、古の時代から続く高野山参詣の宿場町としておもてなしの精神を引き継ぎ、女性会が一丸となって取り組んでいきたいですね」と力を込める。
この大会では、地元出身のウインズ平阪さんがミニライブを行う予定だ。ウインズは、地元和歌山県を拠点に活動を続けるJ-POPユニット。和歌山に対する熱い思いを歌っていることで知られる。現在は橋本市のコミュニティFM「FMはしもと」でもパーソナリティを務めている。 「大阪に近いということはメリットもありますが、デメリットもあります。例えばTVなどで地元企業のCMが入らない。地元のことを知る機会を喪失しているわけです。地元の情報に飢えている面もあるはずです」(平阪さん)
そして平阪さんは、橋本市が和歌山県全体の浮沈のカギを握っているとも指摘する。
「橋本は大阪、奈良に一番近いまち。和歌山の入り口に当たる。だから、橋本がどれだけ人を呼び込めるか、情報を発信できるかが非常に重要です」
平阪さんの指摘していることは、もちろん商工会議所でも認識している。「今の橋本が置かれた状況で最善の一手を打っていかなければなりません。都会に一番近い田舎として、都会暮らしと田舎暮らしが両立できることを、もっとアピールしていきたい。そして、周辺地域とも連携して、経由地ではなく、橋本を目的地として『行きたいまち』にしていきたい。そうすれば自然と人が集まる、活気があふれるまちになるはずです。そのために橋本の魅力を高め、それを多くの方に知っていただくようにしていきたいと思います」と畑野会頭は力強く語った。
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