商店は、お客に商品・サービスを通じて暮らしの喜びを提供する場である。しかし、ややもするとお客のためよりも自分の都合を優先しがちになるもの。結果、お客はその店から離れていく。店にはそうした店主の心構えが如実に表れるものだ。
逆もまたしかり。人口減少、高齢化が進む過疎地にあっても、店が望むべきお客を引きつける店づくりが実現できることを証明する店がある。
敷居を高くして入店の決意促す
岐阜県東部、中津川市の北部に位置する付知町。豊かな森林を有する山地の合間に丘陵地帯が開け、旧街道が続く不知銀座商店街の一角に「ほっとはーとやまだ」は店を構える。
外観は大きなショーウインドーの前に、木製のベンチと季節を感じさせる鉢植えが二つ。シンプルながらも、毅然とした店の姿勢を感じさせ、一見しただけでは何を扱う店なのかは分からない。
「何屋なのかということを、わざと分からないようにしています。店の敷居を高くすることで、お客さまには心して入店してもらいたいからです」
こう話すのは、店主の山田文美さん。店づくりは外観から始まるものだと説明を続ける。ベンチは、お客を迎えようとする店の包容力を表す。2つの鉢植えは門であり、店の内外をつなぐ結界としての役割を担っているという。
ベンチの横にはチョーク看板を設置し、店を代表するメガネや宝飾、時計などの商品を案内する。こうすることで、敷居が高い店には、ほぼ用事があるお客が入ってくるようになる。それは店がどういうふうにお客を扱うかというイメージを発信し、しっかりとお客を受け止めている証拠である。その役割を果たすのが、店のしつらえである。
山田さんが当地に嫁ぎ、夫の稼業であった時計店を継いだ27年前。店ではどんなお客も受け入れようとしていたが、お客は主に利便性を求めていた。
「安いこと、欲しいものが何でもあることなど、お客さまはわがままな要望を店に求めていました。ですがそれにただ応えるのでは、店は成り立たない。そこで、店が来てほしいお客さまを選ぶことが必要だと決心したのです」
店のしつらえで商品価値示す
山田さんは自店の価値について改めて考え、地域の中で店の独自性を打ち出すため、生活に必需ではないが心が豊かになる商品を扱うことにした。そこで、時計をはじめ、宝飾、化粧品、眼鏡、雑貨という五つのアイテムを選んだ。
目指したのは、お客が店に足を踏み入れると、日常を忘れられるような世界感の創造だった。店内のしつらえの様子を見ると、内装は木を基調にし、床を暗めにした上に、ダウンライトや間接照明などを用い、全体を通じて落ち着いた空間に仕上げられている。非日常感のある空間で、時間をかけて丁寧に対応する店の姿勢と、自分の価値を高めてくれる商品を提案する店として、常連客の心をつかんでいる。
「便利なことや、緊急性を要望するお客さまは店には来ません。もし、価格面での相談があれば、近郊の店を紹介することもあります。一時的な売り逃しはあっても、当店の商品を求めるお客さまは戻ってくることを学びました」と山田さん。
価格の安さや利便性を求めるお客が来ないということは、そのような販売方法をしない店であることをしっかりとお客に伝え切れているということである。店の欲しいお客を教育することで、店が望む客層を獲得する。店の姿勢や商品の価値を示す最も明確な方法が、店のしつらえなのである。
(笹井清範・『商業界』編集長)
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