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まちの視点 理想の顧客像を定める

永楽堂の新商品「甘熟窯出しパン」の紹介カタログ。「甘熟窯出しパン」の価値を分かりやすく表現している

喫茶店王国といえば名古屋。その都市を県庁所在地とする愛知県は、モーニング発祥の地として知られる。全日本コーヒー協会によると、1店舗当たりの人口は47都道府県で、高知県、岐阜県に次いで3番目に少ないという激戦区だ。しかし多種多様な業態がコーヒーを扱う今日、全国の喫茶店数は1981年の15万4630をピークに、2014年時点で6万9983まで減少している。こうした傾向は愛知県においても同様だ。

「冷凍パン」の厳しいスタート

名古屋市で業務用パン製造卸を営む永楽堂は1968年創業、名古屋エリアの喫茶店へパンを卸すことで会社を発展させてきた。2代目の近藤佳樹さんは事業を承継すべく89年に入社。くしくも喫茶店王国・名古屋に陰りが見え始めた時期でもあった。

業界の将来に危機感を抱いた近藤さんは、新市場を開拓する道を模索した。近藤社長が着目したのが冷凍パンだった。2億円の投資を行い、試行錯誤を繰り返しながらも、独自の技術として氷熟製法を確立し、冷凍パンで焼きたての味をつくることに成功。独自の新商品で大手の製パンメーカーと対抗、さらには全国へ販路を広げることを目標に定めた。

冷凍パンには多くの利点があった。扱い店にしてみれば、必要な量だけを解凍して使うことができるため廃棄ロスが出ない。永楽堂にとっては、冷凍庫でストックできるから配達回数を減らし、物流コストが抑制できる。将来的には価格も下げることも可能だから、消費者も得するという三方よしの商品だ。

しかし、評価は必ずしも高くはなかった。技術革新が進んでいるものの、いまだ拭い難い冷凍食品に対する負のイメージが卸先に導入を躊躇(ちゅうちょ)させた。確かに「冷凍パン」では、新商品の価値が伝わるはずもない。次に近藤社長が取り組んだのが、ネーミングをはじめとするブランディングだった。

ブランディングで価値を高める

「そのパンは誰に売りたいの?」

近藤社長にこう質問したのが愛知・岡崎に拠点を置き、全国で活躍するブランディングの専門家、安藤竜二さんだ。「ブランディングで最も有効な方法はペルソナ、すなわち〝理想の顧客像〟を定め、そこに事業資源を集中すること」という指導に基づき、全社一丸となってブランディングに取り組んだ。

2017年3月には、名前・年齢をはじめ性別・住所・家族構成・趣味・年収・仕事・ライフスタイルなど細部に至るペルソナを決め、その理想の顧客に新商品の価値を伝えるネーミングを全社員から公募。醗酵熟成を大切にした製造方法や、ペルソナに見合ったイメージから発想された「甘い、熟した、窯出し」というキーワードが寄せられ、製造開発部の男性社員と営業の女性社員が発案した「甘熟窯出しパン」が採用された。

社員の意識が大きく変化

商品紹介カタログの制作も社員一丸となってアイデアを出し合い、「製法の説明文や文字や色合い、デザインなどについてもペルソナを基準にして考えました」と近藤社長。ともすればスペックや堅苦しい説明文になりがちだったカタログがペルソナのイメージに沿って分かりやすく、親しみやすいデザインと内容に仕上がった。その後の展示会では、例年の倍近い数の商談が行われ、商品の可能性について手応えを感じる結果となった。

社員の意識にも大きな変化が生まれた。例えば、製造部門からも「売り上げを上げましょう」と声が上がるようになり、作業効率の向上や業務に対する意識改革を提案される動きも出てきた。

「甘熟窯出しパンは、まさに社運をかけた新商品。そのブランディングに全社員が関わったことから、会社の方針や在り方についてさまざまな提案が出てくるようになりました」

ブランディングを行うことで、経営理念をもとに自らが考え、行動する機運が高まった。社員一人一人の実力の向上が会社の成長とリンクさせていく土台づくりにもつながったと近藤社長は感じている。

(笹井清範・『商業界』編集長)

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