退職・子育て世代節約志向景気回復の制約要因に
政府はこのほど、平成28年度年次経済財政報告(経済財政白書)を取りまとめ、公表した。白書では、高齢者や女性の労働参加が進み、また賃上げも高水準となっているものの個人消費は力強さに欠け、所得から支出への波及の遅れを指摘。その要因を子育て・退職世代の節約志向とした。今後については、成長戦略の着実な実施が重要であり、新たなニーズや市場の開拓の必要性を訴えている。白書の概要は次の通り。
第1章 景気動向と好循環の確立に向けた課題
○わが国経済の現状を見ると、アベノミクスの取り組みの下、経済再生・デフレ脱却に向けた進捗(しんちょく)が見られる。2015年度は、名目GDP、実質GDP、GDPデフレーターが、18年ぶりにそろって前年比プラスとなった。
○一方で、英国の国民投票でEU離脱が支持されたことや新興国経済の動向などにより、世界経済の先行き不透明感が高まっており、わが国経済を取り巻くリスクには注視が必要。また、熊本地震の影響なども引き続き注視が必要。
○企業収益の動向を見ると、経常利益は2014年度に過去最高となった後、2015年度も引き続き高い水準となっている。
○大企業は、非製造業は比較的底堅く推移する一方、製造業は海外経済の伸び悩みが続き、円高方向の動きによる下押し圧力もある中で、輸出企業を中心に収益が下押しされたことなどから、特に2 015年半ば以降、利幅が縮小している。
○中小企業については、2014年中頃までは大きな改善が見られなかったものの、原油価格の下落などを背景に収益環境が改善し、製造業・非製造業ともに収益は増加してきている。(図1)
○雇用は、生産年齢人口は減少しているものの、景気の緩やかな回復基調が続く中で、高齢者や女性の労働参加が進み、労働力人口は2013年から前年比プラス。2015年には、正規雇用者数も8年ぶりに前年比プラス。賃上げは3年連続で高い水準、パートの時給は過去最高となるなど、賃金の増加には裾野の広がりが見られる。(図2)
○物価は、賃上げの動きがサービス業における価格上昇につながっていると考えられるが、最近の状況を見ると、円高方向の動きもあり、上昇のテンポは鈍化。
○個人消費は、雇用者報酬が緩やかに増加する一方、力強さに欠けているなど、所得から支出への波及に遅れ。
○設備投資は、2013年半ば以降、一時的に弱い動きも見られたものの、全体的にはプラスの動きが見られ、2015年については、年央ごろから持ち直しの動きが見られている。
○業種や企業規模別の動きを見ると、2013年から2014年にかけては、設備投資の増加には非製造業が寄与してきた。非製造業の動きを規模別に見ると、大企業の設備投資が堅調であることに加え、2013年10~12月期ごろからは中小企業にも徐々に増加の動きが見られ始めており、特に2015年以降についてはさらに増加幅が拡大している。
○製造業についても、2015年には大企業、中小企業共に増加している。このように、設備投資は業種や規模を問わず増加に広がりが見られている。
○好循環は着実に回り始めているが、さらに支出面の回復につなげていく必要がある。
○消費者物価の基調は緩やかな上昇傾向にあるが、そのテンポが鈍化している。
○各種施策などによる需要の先食いが耐久財の消費に影響している。
○若年子育て期世帯は将来不安などを背景に消費を抑制している。
○安定収入が少ない60歳代前半無職世帯でも最近の消費は弱い動きが見られる。(図3)
○持続的な賃金上昇に加え、労働市場の構造的な課題への取り組みが重要。
○財政の現状については、デフレ状況ではなくなる中、債務残高対GDP比上昇に歯止め。基礎的財政収支の改善には税収の増加が寄与。
○法人税収は、デフレ状況ではなくなる中、増加している。
○法人税の課税ベースは繰越欠損金の減少などにより拡大傾向にある。
○所得税収の増加には配当所得や給与所得の増加が寄与している。
○給与所得税収については働く意欲がある者の労働参加と賃上げの継続が重要である。
○金融政策については、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」の導入後、住宅ローン金利などの低下や中小企業向けの貸し出し、社債発行残高の増加など一部に変化の兆し。
○回り始めた経済の好循環を確立するよう、個人消費や設備投資などに見られる需要の弱さを克服し、経済成長と財政健全化の双方を達成することが大きな課題である。
第2章 少子高齢化の下で求められる
働き方の多様化と人材力の強化
○近年の人手不足感の高まりは景気回復や団塊世代の定年退職などが要因。(図4)
○建設業や介護など労働集約的な業種で人手不足感が強い。
○少子高齢化に伴う労働需要の変化により求人と求職のミスマッチによる失業はかつてと比べて高まっている可能性がある。
○高齢化により需要が高まっている分野に加え、IoTや人工知能(AI)などに代表される新たな成長分野でも人手不足が進行。中途採用の活用により、そうした分野への労働力の円滑なシフトを促すことも重要。
○働きたい高齢者や女性の労働参加で、マンアワーで見たわが国の総労働供給を2.0%増加させ得る。テレワークの導入など柔軟に働く場所や時間を選択できるような多様な働き方を広めることや、能力開発に対する取り組みが重要。
○少子高齢化の中で新卒市場の規模の拡大にも限りがある中で、企業は人材確保のため中核的業務や専門業務に関連する即戦力のある人材の中途採用スタンスを積極化。
○他国と比べ、わが国の失業者と雇用のマッチングの効率性(失業者が雇用に結び付く割合)は低水準。中途採用に際して、職場情報のさらなる開示や適切な環境を整備した上でのインターンシップ活用などは、転職市場の規模・機能の向上に資すると考えられる。
○長時間労働は、女性や高齢者の労働参加を抑制し、労働者の心臓疾患などのリスクを高め、社外での訓練の活用機会を妨げる。限定正社員など多様な働き方を希望する女性労働者は3割を超えている。(図5・6)
○年功制に基づく硬直的な賃金は中途採用を困難にする一因。同一労働同一賃金を目指し、正規・非正規間の賃金格差を是正することが求められる。その上で、技能・能力評価の仕組みの整備により、能力やスキルの向上が着実に賃金などに反映されることが重要。加えて、能力開発機会が過少とならないよう人的投資の機会の維持・強化が必要。
第3章 成長力強化と企業部門の取り組み
○成長力の強化に向け、企業が投資機会を見いだし、設備投資を拡大させていくことが不可欠。
○世界金融危機以降、設備投資の回復テンポには遅れが見られる。特に、2013年以降、企業収益が過去最高の水準となるなど良好な投資環境が実現する中にあっても、設備投資は依然力強さを欠いている。その背景として、少子高齢化の下、国内の需要や成長予想の伸び悩み、また、グローバル化が進む中、企業を取り巻く競争環境に変化が見られる。(図7)
○収益は改善したものの、主にコスト削減や円安による収益の押し上げ、支払利息の減少などによるものであり、必ずしも生産や売上の増加のみを反映したものではない。そのため、収益の改善が、期待されたほど設備投資の押し上げにつながってこなかった。
○企業の成長予想の伸び悩みも、設備投資を抑制した。設備投資が伸びず、その結果、将来の成長力強化が遅れ、さらなる成長予想の伸び悩み、設備投資の抑制を引き起こすという関係を避けるためにも、成長戦略の着実な実施が重要。
○設備投資が力強さを欠く中、企業には、M&Aや研究開発、海外への投資など、設備投資以外の投資を拡大する動きが見られる。
○これらの投資は、新たなニーズや市場の開拓、製品・サービスの高付加価値化などに結び付くことにより生産性、収益力を高め、成長力の向上につながることが期待される。 ○企業を巡る環境に変化が生じる中、環境の変化を企業成長の好機とすべく、より積極的な経営判断を後押しする仕組みを強化し、浸透させていくことが重要。
○コーポレート・ガバナンスへの取り組みを強化した企業は、より積極的な投資行動をとることにより、企業の収益力を高め、経済の成長力強化に寄与する可能性がある。
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