観光分野における広域連携の目的は需要創造である。地域が有する観光資源や交通インフラが異なり、これによって地域ごとに観光関連ビジネスの集積の質量が異なっている。持てる地域と持たざる地域があり、それぞれの地域が考えている観光振興の中身が異なっている。
観光振興における広域連携とは、弱者救済のための連携ではなく、構成員全員がより強くなるためのものでなければならない。自分たちの地域をより高く、より多くの観光客に売って、地域経済活性化の原資となる十分な量の観光消費を得るための取り組みである。
求められる内と外の戦略
連携手法には、内を固めることと、外に打って出る2つの方向がある。自分たちの商品をより高く売るためにはブランディングが必要であるから、前者をインナー・ブランディング、後者をアウター・ブランディングと読み替えてもらってもよい。
インナー・ブランディングは広域連携の要諦である。多様な関係者をまとめていく作業であるから司令塔が必要である。やるべきことは、広域連携によって達成すべき目標やビジョンの合意形成と、それを達成するための科学的なデータに基づいた戦略の企画・立案・実行・改善、域内の観光資源の開発と商品化、観光施設やサービスに関する品質保証と品質向上、観光客への情報提供体制の整備や二次交通の受け入れ環境整備など、多岐にわたる。
観光消費が、域内の企業間を循環し、従業員の報酬となるプロセスを確実にするためには、域内の企業が対応できていない付加価値向上を担う主体をつくりあげていくといった動きも必要となってくる。こうした一連の活動に要する自主財源を含む経営資源の調達も司令塔に求められる役割である。
アウターは市場に向けたプロモーション事業が主である。外に向かっての訴求を効果的に実施するために、旅行商品造成を行う国内外の事業者、政府の観光振興組織、交通インフラの国内外の関係者などとのネットワークづくりも必要となる。
どちらから着手するかは広域連携を組む地域の状況によって異なるが、企業と異なって指揮命令系統がなく統一的な動きが難しい地域間連携の場合には、インナー・ブランディングを先行させ、域内のまとまりがある程度見えてきた段階から、域内での共同作業の場を多くつくり、その一環として外向きの事業を進めていくのがよいだろう。
地域エゴを超えて、どこまでマーケット目線に立てるかが重要である。例えば、域内がまとまるための名称と、外に打って出る際に使う名称は異なってもよい。国内外に一定の知名度を確立している地域は内向き・外向きの両方を同じ名称で統一してもよいが、九州などの知名度が低い地域がまとまろうとする場合、内向きにはオール九州を表す名称を使い、外向きには、阿蘇や福岡などのすでに一定の知名度のある名称を積極的に活用していくことが効果を出す近道である。
広域連携は飛び地も有効
「雪国観光圏」は、新潟県魚沼市、南魚沼市、湯沢町、十日町市、津南町、群馬県みなかみ町、長野県栄村の7市町村を圏域として2008年に設立された。古道や山岳路をつなぐ全長280kmのロングトレイルの整備、雪国の暮らしを発信するフェスティバル、「地域の食材を使い、雪国伝統の調理法を生かした本物の味」などの基準を満たす旅館や飲食店を登録・認定する雪国A級グルメ、国際的な基準を取り入れた品質認証評価システム、約50カ所の施設が参加した広域連携パスポートなど、圏域内をまとめながら、さまざまな事業に積極的に取り組んでいる。地道ではあるが、観光地のブランド形成のための王道の手法を踏んでいる好事例だ。
一方、中部北陸9県の自治体、観光関係団体、観光事業者などが協力して、主に中国からの誘客を推進するために「昇竜道」ルートづくりを行っているが、この取り組みはアウターが先行しており、継続的に成果を刈り取るための域内固めが課題となっている。また、豪州からの観光客には、ニセコなどでスキーやスノーボードを満喫した後に、日本らしい体験をしたいと京都を訪れている人が多い。いわゆるゴールデンルートも同様であるが、地域側(供給側)の働き掛けではなく、市場が選んでいる地域の組み合わせもある。この場合には、京都の役割を他の類似の地域が担うなど工夫の余地があることは言うまでもない。
観光客に訴求するテーマの組み合わせを考えると、広域連携は何も近隣地域同士の専売特許ではない。数時間の移動を苦にしない訪日外客をターゲットとするなら飛び地での連携も有効である。観光振興のための広域連携を進めるには、発想をマーケット起点にして、したたかな戦略を構築してほしい。
(矢ケ崎紀子・東洋大学国際地域学部准教授)
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