今年8月にブラジル・リオデジャネイロにて第31回オリンピック競技大会が開催される。8月21日の閉会式で、都知事へ五輪旗が引き渡された瞬間が東京五輪へのスタートである。
五輪開催は、これまでの開催国のインバウンド観光振興に大きな影響を及ぼしてきた。開催国への外国人旅行者数の推移を見ると、多くの場合、五輪開催の決定年から五輪開催後の長期にわたって増加傾向にある。こうした効果を狙って、開催国は、インバウンド観光振興というレガシーづくりに挑戦してきた。
バルセロナ市は、五輪開催を契機に、工業都市としてのイメージを〝地中海のコパカバーナ〟と呼ばれるほどのリゾート地へとリブランドすることに成功した。シドニーは、バルセロナの経験を科学的に分析し、五輪をショーケースとして活用するなどの成果を挙げたものの、その後の対応に甘さがあり、五輪後は外国人旅行者数が伸び悩んだ。
「五輪後の10年は〝失われた10年〟だ。五輪は、シドニーを舞台に押し上げ世界的ブランドにしたが、聖火が消えた瞬間に仕事が終わったと誤解して、その後に必要であった投資やマーケティングの継続などを怠った」。豪州観光当局の関係者の言葉にその理由が明確に示されている。
文化イベントで知名度向上
両開催都市の教訓を生かした成功例が英国だ。英国が得た成果は、訪英外国人旅行者数と消費額の増加であるが、その中身がよい。旅行者数は、開催都市ロンドンだけでなく、地方部においても五輪開催翌年から前年対比プラスの増加に転じ、消費額については一人当たりの単価が増えている。
英国の成功は、五輪開催前中後の予算を2対2対6にして一貫したプロモーションを展開し、シドニーの教訓を乗り越えたことである。同時に、あらゆる機会を活用して英国の地方部をPRした。
こうした過去の教訓を日本もまた引き継いでいる。2015年6月に観光立国推進閣僚会議にて決定された「観光立国実現に向けたアクション・プログラム2015」の中には、「リオデジャネイロ大会後、2020年オリンピック・パラリンピックおよびその後を見据えた観光振興の加速」という項目がある。
さらに、今年3月30日に発表された明日の日本を支える観光ビジョン構想会議(議長=安倍晋三首相)が取りまとめた「明日の日本を支える観光ビジョン」においても、文化プログラムなどの「オリパラ後も見据えた訪日プロモーションの戦略的高度化」への取り組みが示されている。文化プログラムは、五輪開催都市以外の地域が世界に向かって知名度を上げる機会である。リオ五輪終了後から東京五輪までの4年間をカルチュラル・オリンピアード(Cultural Olympiad)と呼び、この期間にさまざまな文化プログラムが展開されることになっている。
ロンドン五輪前の4年間では、英国全土で約18万件のプログラムを実施。開催都市ロンドンだけでなく、エジンバラをはじめ文化プログラムに熱心な地方都市も世界的な注目を浴び、その後の外国人旅行者の地方誘客につながっていった。
音楽、演劇、ダンス、美術、文学、映画、ファッションなどの幅広い分野において、五輪に参加するアスリートと同じ204の国と地域から4万人を超えるアーティストが、中小都市も含め1000カ所以上の場所で活動した。英国全土が世界中のアーティストの情報発信基地となり、4年間で4340万人が参加したといわれている。わが国は、文化庁が、4年間で20万件のプログラムを実施する目標を立てている。
大会開催中は客層が変化
一方、オリンピック競技大会が世界で最も神聖で大規模なメガイベントであるという特性に由来する留意点もある。五輪開催時期に訪日する旅行者は、五輪観戦という特別の目的のためにやってくるのであり、企業による接待需要も大きくなる。すなわち、五輪開催期間前と開催中では客層に不連続性があり、五輪開催後には、いち早く、通常の訪日外国人旅行者の来訪へと戻していかなければならない。
訪英外国人旅行者数は、ロンドン五輪を実施した2012年全体としては前年対比増加であったが、五輪開催時期を含む第3四半期には前年同期比4.2%減である。本来訪英したであろう外国人旅行者が、五輪開催による旅行価格の高騰や旅行先での混雑を避けて英国への旅行を思いとどまったためであり、これをクラウディングアウト効果と呼んでいる。英国は、五輪終了直後から、通常需要に戻すためのプロモーションを展開した。
わが国のインバウンド観光振興は、訪日外国人旅行者の地方分散という喫緊の課題を抱えている。「明日の日本を支える観光ビジョン」にもさまざまな取り組みが記載されているが、地域も本気で誘客に取り組む必要がある。東京五輪の活用はそのための重要な手法の一つであり、動き出すのはもうすぐである。(矢ケ崎紀子・東洋大学国際地域学部准教授)
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