遷宮を機に良さをアピール
「昨年は遷宮のメーンイベントともいわれる本殿遷座祭が行われたこともあり、例年は250万人程度のところ、およそ800万人もの方に出雲大社を訪れていただきました。大変にぎわいましたね」と出雲商工会議所の三吉庸善会頭は笑顔を見せる。「遷宮は平成28年まで続くものの、その効果は昨年がピークだと思います。今後は遷宮をきっかけに出雲に来てくれた方がリピーターになってくれるか、その方が『いいところだった』と満足し、周囲に出雲をPRしてくれるかどうかがカギになってくると思います」と語る。
三吉会頭が話すように、昨年の観光客数は過去の実績と比較すると飛び抜けたものだった。遷宮という追い風を受けて、出雲市全体で見ても例年の倍近い約1570万人が訪れている。今年も過去の水準と比べるとかなり高いところで推移しているという。
「今が千載一遇のチャンスです。この機会に地元の〝顔の見える〟観光でお客さまをもてなし、ぜひ出雲を好きになっていただきたいと思います」(三吉会頭)
よみがえった神門通り
出雲大社前の神門通り。現在は、多くの人が行き交い、にぎわっている。しかし、数年前までは人通りもまばらで、空き店舗が目立つ寂しい通りだった。この通りの復活に、大きな役割を担ったのが現在、出雲ぜんざい学会の会長を務める田邊達也さんだ。
「大社には年間250万人もの人が来ているのに、かつての神門通りは非常に寂しい状況でした。大社に来る人が商店街を歩いてくれないのです。何とか動線を変えなければと思いました」と振り返る。
出雲大社は縁結びの神様として有名なこともあり、訪れる観光客は若い女性が中心だ。「動線を変えるためには、彼女たちを引きつける核になるものが要ると思いました。そんなときに〝ぜんざい〟が出雲発祥のものということを聞いたのです」と田邊さん。出雲では、旧暦の10月のことを「神在月」(他の地域では神無月)と呼ぶ。これは、全国の神々が出雲に集まるためだ。このときに行われる「神在祭」で振る舞われた「神在餅」。この〝じんざい〟が訛り〝ずんざい〟、さらには〝ぜんざい〟となって京都へと伝わったそうだ。
田邊さんは、協力者を増やしながら、神門通りへの出雲ぜんざい学会壱号店の出店や、PR活動など精力的な活動を続けた。さらに認定店制度も開始し、今では市内約20店で出雲ぜんざいを味わえるようになっている。出雲ぜんざいを提供している認定店で、ご縁横丁にある老舗和菓子店坂根屋の坂根悦夫社長は、「出雲ぜんざいは小豆の品質にもこだわっています。高品質の小豆を低価格で提供できるように日夜努力を重ねています」と胸を張る。
平成19年に大社の東に国宝を展示する島根県立古代出雲歴史博物館が開館。これも追い風となった。参拝者の動線に変化が生じたのだ。客を引きつける出雲ぜんざい、古代出雲歴史博物館の開館、そして、60年ぶりの遷宮。これらが重なり、神門通りは、息を吹きかえした。しかし、田邊さんは気を緩めない。
「最近、〝ポスト遷宮〟という言葉をよく聞くようになりました。遷宮という神風を受けて今はうまくいっていますが、この追い風がなくなったとき、『本当にやっていけるのか?』と心配になります。今の出雲ぜんざい学会はボランティアベースの活動ですが、きちんとした組織が必要になってくるのではないかとも感じています」(田邊さん)
まちのあちこちに神秘的なスポットがある
出雲には神話に登場するスポットが数多くある。例えば、須佐神社。ここは、八岐大蛇を退治したという須佐之男命を祭っている。近年は全国でも屈指のパワースポットとして注目を集めている。また本殿の裏にある樹齢1200年の大杉も必見だ。
次に、日御碕。ここにある日御碕神社は、日沉宮と神の宮から成り、天照大神と須佐之男命を祭っている。また、日御碕神社から西方約100m沖の海上にある経島は神域とされ、年に一度だけ神官のみが船で渡ることを許されている。このほかにも、日御碕には、日本一の高さを誇る日御碕灯台など見どころがたくさんある。
さらに、豊かな自然がもたらす「食」も見逃せない。まず思い浮かぶのが「出雲そば」。三段の丸い漆器にそばを盛る割子そばが最もポピュラーだ。皮ごと挽いたそば粉を使っているため、麺は色が濃く、豊かな香りがする。
また、出雲は八岐大蛇伝説の元になったといわれる斐伊川が流れるなど、水が豊富で昔から稲作が盛ん。このため、日本酒づくりも古くから行われ、日本酒も出雲が発祥といわれている。さらに、日本有数のハウスぶどうの名産地でもある。そのぶどうを使ったワインや、宍道湖や神西湖でとれる大和シジミなど、食の魅力も満載だ。
周辺地域と一体になった観光
こうした多彩な魅力を持つ出雲の観光について、出雲観光協会の小野篤彦事務局長は、「出雲は出雲大社という貴重な観光資源を有しています。観光には行政の線引きなんてありませんから、少なくとも島根県東部の観光の中心となる責任があると思います」と語る。
その言葉の通り周辺地域との連携が進んでいる。出雲市を含む島根県東部から鳥取県西部のまち(中海・宍道湖・大山圏域)で観光、ものづくり、経済振興などに広域で取り組んでいるのだ。観光でいうと、鳥取県境港市に大型のクルーズ船がやってきて、外国人観光客が県境を越えて周辺地域を周遊していくという。
「インバウンド観光は新しい取り組みで、非常に面白いと思います。ただ、受け入れ側の準備が不足しているということも事実です。外国語が記載されたサイン看板などのハード面もですが、受け入れるお店側の準備もこれからですね」(小野事務局長)
魅力を体験してもらう
出雲商工会議所の福間泰正専務理事は「出雲大社に来ていただいた方には地元の人々の顔が見える観光の体験をしていただき、出雲ファンになってほしいと思っています」と話す。〝顔の見える〟観光の取り組みの一つとして同所が取り組んだのが、「出雲の手仕事マップ」だ。これは出雲の地に脈々と受け継がれている匠の技と、使い手との縁を結ぶために作成されたもの。その技を実際に見学・体験できる市内の工房を紹介している。この地図の作成により、市内の事業所にも意外な変化が生じた。同所業務部長の石倉敬久さんは、「手仕事マップがきっかけになって事業所が共同の展示会を開くなど、横のつながりが強くなったと思います。また、伝統工芸の協議会もできました」と振り返る。
もう一つの大きな取り組みが「雲いずる神話の國 出雲フォトコンテスト」だ。同所の佐々木誠事務局長は、「出雲は〝雲いずる神話の国〟というだけあって美しい雲がたくさん見られます。そのため、〝雲〟をテーマにした写真コンクールを行ったわけです。おかげで全国各地から出雲に来ていただき、たくさんの写真を撮っていただきました」と話す。
現在、この事業自体は終了しているものの、その成果は出雲の玄関口である出雲縁結び空港や出雲市駅、そして島根県立古代出雲歴史博物館の通路で展示されている。また、同所のホームページに入賞作品をみることができるフォトギャラリーも設置されており、その美しさを広くPRしている。
「これらの事業は、一期前の中期行動計画に基づいて実施しました。今はこれらを生かしつつ、新しい行動計画に基づいた別事業を検討しているところです」(福間専務)
美肌をテーマにした新しい取り組みを開始
「大手化粧品メーカーが行った美肌グランプリで島根県が2年連続で1位になりました。昨年、出雲を訪れた観光客も女性が多いというデータもあり、女性をターゲットにした観光商品をつくりたいと思っています」(石倉部長)
そこで、若手経営者などが中心となり1年以上かけて検討を重ねた。その結果、今年度から実施することになったのが、「綺麗になって縁結び『出雲〝薬草×美活〟』プロジェクト」だ。美容・美肌を求める女性観光客に対し、薬草を活用した新たな商品を提案。さらに多くの観光客を呼び込むとともに、出雲大社にやってきた人にまちの魅力を体験してもらう。これにより市内でより多くの時間を使ってもらうことを意図している。
「出雲に来ても、宿泊は別の地域で、という方が多いのが現状です。また、出雲大社は見るけれども、それだけで終わってしまう、滞在時間が短い人が多いのです。薬草のプロジェクトや、手仕事マップなどをうまく連携させて出雲のまちを回遊してもらう仕組みをつくっていきたいですね」(石倉部長)
安心して暮らせるまちとして人口減少に立ち向かう
「古事記には出雲大社に祭られている大国主命が因幡の白兎の傷を治してあげる話が出てきます。このときに使われたのが穂黄といわれる漢方薬。古代出雲は医療の先進地であり、薬草の発祥地であるともいわれています」(福間専務)
現在の出雲市には医療・介護関係施設の地としてのもう一つの顔がある。佐々木事務局長は「非常に施設が充実しています。安心して暮らせるまちといってよいと思います」と力を込める。
出雲大社をはじめとする豊富な観光資源があり、医療・介護施設も集まる出雲。今後の課題はどのようなことなのだろうか。
「地方都市共通の課題かと思いますが、これからは人口減少にどう立ち向かうかが問題になってくるだろうと思います。これをどう食い止めていくか、そのスピードをどう落としていくかが重要です。これは商工会議所だけでできることではありません。他の機関とも連携していかないといけません。出雲は医療・介護が充実し、安心して暮らせるまちです。ぜひ出雲に住んでいただき、元気に仕事をしながら第2の人生を出雲で過ごしてほしいですね」と三吉会頭は話す。交流人口の増加を通じ、安心して暮らせるまちの体験をPR。「出雲ファン」を増加させ、将来的な定住化も狙いたいというわけだ。
「縁結び」は恋愛だけでなく、仕事などでも良い縁を結ぶという。人と人を良い縁で結ぶ、神話のまち出雲に一度出掛けてみてはどうだろうか。
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