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真壁昭夫の経済底流を読み解く 景気後退懸念と投資家のリスクオフ

8月14日、米国の国債市場で、2年物国債の流通利回りが10年物国債のそれを上回る逆転現象が起きた。過去の例を見ると、そうした逆転現象が発生してから、約1年半後に米国経済が交代期を迎えるケースが多い。この逆転現象によって多くの投資家の間で、米国経済の後退懸念が盛り上がった。

足元の世界経済を見回すと、すでに中国経済は成長の限界を迎えているように見える。それに米中貿易摩擦の影響が重なり、中国の消費マインドは悪化している。欧州経済の先行き懸念も大きく高まり、特に、中国の需要を取り込んできたドイツ経済の落ち込みが鮮明化している。多くの投資家は先行きを警戒して持ち高を減らす、“リスクオフ” (リスクを減らす)に動いた。

2020年の米大統領選挙で再選を目指すトランプ氏は、対中制裁関税の発動表明を通して中国に米国政府の言うことを聞かせたいと考えているだろう。中国への圧力行使を重視する同氏の発想は、世界各国の経済に下押し圧力の要因をばらまいている。その一例が、サプライチェーンの混乱だ。米国の制裁関税の回避などを理由に、世界の企業が中国から他の新興国に、中国企業も海外に生産拠点を移している。この影響で、中国では製造業の景況感が悪化し、個人消費も伸び悩んでいる。特に、新車販売台数は7月まで13カ月連続で前年同月の販売実績を下回った。中国の自動車市場の落ち込みはドイツ経済を直撃し、中国の消費低迷から、フォルクスワーゲンの生産台数が減少し、ドイツの自動車輸出も減った。この影響から、4~6月期のドイツの実質GDP成長率は前期比マイナス0・1%だった。一方、米国経済は個人消費の底堅さから相対的に安定してはいるものの、GDP成長率の水準は切り下がり、企業業績も下向きだ。加えて、企業の債務残高も増えている。サプライチェーン再編のコストから米国企業の設備投資がさらに減少すれば、労働市場の需給は緩み、徐々に景気の減速が一段と鮮明になる恐れがある。

こうした見方から、世界の金融市場でリスクオフに動く投資家が急速に増えている。一例として、内外金利差の縮小から“円キャリートレード”の巻き戻しが増えている。8月の円高は、この動きによりもたらされた。米国の株式市場ではIT先端銘柄など、これまでの景気を支えてきた銘柄の下落が鮮明だ。リスクオフが増える中、国債の利回りがマイナスに落ち込む国が増えている。特に、ドイツの国債市場では、市場で取引されている短期から30年物まで、全ての国債の流通利回りがマイナスの水準に落ち込んでしまった。その後も、ドイツの30年物国債の流通利回りは、さらに低下(債券価格は上昇)している。価値が安定している金への保有動機も高まっているが、金には産出量という制約が伴う。リスクオフに動く投資家が増えると、無リスク資産と見なされている国債への需要が高まり、マイナス金利に陥る債券は、さらに増える可能性がある。

仮に、今後、米国と中国のさらなる景気減速が同じタイミングで進むことになると、世界経済には相応の下押し圧力がかかる。今すぐそうなるとは考えづらいものの、12月15日に発動が先送りされたスマートフォンなど555品目に対する対中制裁関税が、どのような形で進展するかは予断を許さない状況だ。それ以外にも、米中の貿易摩擦のコア部分が先端分野での両国の覇権争いであることを考えると、短期間で妥協点を見いだせる可能性は低い。そうした状況を考えると、これからITやAI(人工知能)などの分野で米中企業の競争は一段と激化することも懸念され、ますます米中両国のつばぜり合いが鮮明化することも考えられる。それは、短期的に世界的な貿易量の低下やサプライチェーンの寸断などの経路を通じて、米中両国の経済にとって下押し圧力になる可能性が高い。その場合には、米中両国のみならず世界経済の足を引っ張ることになりかねない。多くの投資家は、そうした事態を心配していることだろう。

まかべ・あきお 1953年神奈川県生まれ。76年、一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。83年7月ロンドン大学経営学部大学院卒業。メリルリンチ社ニューヨーク本社出向などの後、市場営業部、資金証券部を経て、第一勧銀総合研究所金融市場調査部長。現在、法政大学大学院教授。日商総合政策委員会委員。『はじめての金融工学』(講談社現代新書)など著書多数。

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