青森県弘前市
船乗りに正確な地図と羅針盤が必要なように、地域づくりに客観的なデータは欠かせない。今回は、りんご生産量日本一で、青森県唯一の国立大学「弘前大学」を擁する弘前市について、まちの羅針盤(地域づくりの方向性)を検討したい。
交流が盛んな都市(まち)
2015年国勢調査によれば、弘前市の昼間人口は19万人で、夜間人口(17・7万人)の107・2%の規模がある。青森市(101・5%)や八戸市(104・6%)より高く、人を集める誘引力の強さを示している。この点は地域経済循環にも、通勤者が集まるため雇用者所得は流出する、来訪者が同市で買い物などをするため民間消費額は流入する(しかも地域内総生産(GRP)の2割もの規模)といった傾向に表れている。
15歳以上80歳未満であるが、19年9月休日午後2時の弘前市の滞在人口は14・2万人で、うち県内市町村からの来訪者が15%(2・2万人)を占めており、遠くからの観光客ではなく、近隣からの交流人口が域内消費を潤していることが分かる。
江戸時代は弘前藩の城下町、戦前は軍都、戦後は学園都市として栄え「住み良い街」に、「小売業」などの生活関連産業を中心に第3次産業が集積したことが地域の魅力を醸成し、「訪れたい街」としての磁力も発しているのであろう。
近隣からを中心に人の流れを生み出し、それに伴って経済的な交わりも創出している活発な交流都市、それが弘前市である。
ただし、経済的な交流は地域を活性化させるが、地域でできることまで移輸入に頼ることは、逆効果となる。
弘前市の移輸出と移輸入の合計額は8808億円でGRPの1・55倍の規模があるが、純収支は大幅な移輸入超過で、域際収支は▲1371億円もの赤字(所得流出)に陥っており、地域に所得が残りにくい構造となっている。
民間の力を束ねる工夫を
「農業」が地域で最大の移輸出産業となっている一方、「食料品」は移輸入に頼っており、6次産業化に取り組む余地があることを感じさせる。弘前市役所の「りんご課」では販売額向上を主な目標に「りんご産業イノベーション戦略」を進めているが、ここに地域に残る所得を増やす目線を加えたらどうか。
富山県の「富山湾鮨」は素材単品ではなく食という体験提供に地域を挙げて取り組んだことで高付加価値化を実現した。同じ発想で、りんご単品にとらわれずに地域ブランド化を進めていけば、民間が知恵を絞って多様な「商い」の可能性を広げるであろう。
また、PPP/PFI事業にも、今後は地域経済循環の観点を加えて取り組む必要があるのではないか。
人口が減少するなか、施設の更新などのPFI事業のみならず、余剰が生じる公有施設の新たな活用方法といったPPP事業も広まるであろう。その際、いったん地域外の企業に任せると継続的に所得が流出することになる。できないことは仕方がないが、地域でできることは自分たちで担っていくことが重要となる。
幸い、弘前市には第3次産業に厚みがあり多種多様な業種があるほか、学園都市であることもあって一定のナレッジ産業も存在する。これら民間の力を合わせることで、大企業にも負けずにPPP/PFI事業に取り組むことができるであろう。地域総合経済団体たる商工会議所も、個社支援のみならず、PPPプラットフォーム(民間の力を擦り合わせる場)を設けるといった取り組みが求められるのではないか。
地域の魅力は行政だけでつくるものではなく、民間がビジネスとして継続的に取り組むことで、幅広く奥深い味わいを生み出し、その地域ならではのクリエーティビティーの土壌となっていく。
経済構造そのものを資源として捉えて、民の力を束ねてビジネスでまちづくりを進めること、それが弘前市の羅針盤である。
(DBJ設備投資研究所経営会計研究室長、前日本商工会議所地域振興部主席調査役・鵜殿裕)
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