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時代を超えて今こそ学びたい渋沢栄一の経済哲学 渋沢翁が遺した言葉

十六銀行 所蔵 「順理則裕」=りにしたがえば、すなわちゆたかなり(道理に順(したが)って生きることが繁栄につながる)。岐阜市に本店のある十六銀行は、第十六国立銀行として明治10(1877)年に創業したが、大きな経営危機に陥った際に渋沢栄一に協力を仰ぎ、その難局を乗り切ったという。同行では、昭和6(1931)年4月15日新本店竣工時に重役会議室に掲額された。署名の青淵は、栄一の雅号。「順理則裕」は、渋沢の座右の銘ともいわれ、朱子学の入門書『近思録』の一節から取られているという説もある。同じ言葉の扁額が埼玉りそな銀行(左ページ一番下)や、東洋紡などにも残されている。

渋沢栄一は、日本各地に500余りの企業や銀行などを興し、各地の商工会議所との交流も深かった。そして、90歳を過ぎた晩年まで渋沢翁は、精力的にそうした企業や商工会議所を訪れ、請われるままに論語から選んだ言葉を残している。その中から、七つの扁額を紹介する。

終生、理想の企業経営を追い求め続ける

渋沢栄一は、「理想の企業経営とは何か」を論語に求めた。渋沢が著した代表的な本である『論語と算盤(そろばん)』の中で、経営者が自社の利益だけを求めるのではなく、利益を社会へ還元してこそ、企業の使命が果たされると説いている。

つまり、論語を根拠として企業の利益と公益は両輪だとする「道徳経済合一説」こそ渋沢が生涯にわたって求め続けた理想の企業経営だったのだ。渋沢は、なぜ論語に企業経営のあるべき姿を求めたのか。

渋沢は、晩年まで日本各地を精力的に訪れ、経営者としての姿勢や企業の在り方を説いた。そして、渋沢を慕う経営者や商工会議所に請われるままに論語や史書から選んだ書を残し、その精神を今に伝えている。

扁額など、渋沢栄一翁にゆかりのあるものを所蔵されている社(者)は、石垣編集部まで情報をお寄せください

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