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真壁昭夫の経済底流を読み解く RCEPのインパクトと日本の役割

11月15日、日本、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、およびASEAN10カ国(ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム)の計15カ国が‶東アジア地域包括的経済連携(RCEP)協定〟に署名して、世界のGDPの約30%を占める大貿易圏構想が形になったことの意義は大きい。特に、わが国にとって最大の輸出先である中国、第3位の韓国を含む大型の自由貿易協定(FTA)が合意に至ったことは重要だ。国際社会において孤立が目立つ中国は、RCEPを一つのきっかけにアジア地域での存在感を高め、米国に対抗する力をつけたいと考えているはずだ。

RCEPの誕生で、アジア地域に世界最大規模の自由貿易経済圏が誕生することになる。RCEPはGDPだけでなく、貿易総額や人口でも世界の約3割、またわが国の貿易総額のうち約5割を占める地域をカバーする。その規模は‶TPP11〟を上回る。わが国の工業製品の輸出に関して、14カ国で約92%の品目の関税が段階的に撤廃される。RCEPには米国とEUは参加していないものの、わが国は米国とはFTAを、EUとはEPA(経済連携協定)を結んでいる。RCEP署名によって、わが国には世界の自由貿易を促進する‶ハブ〟としての機能発揮への期待が高まったといってよいだろう。英国の経済学者であったリカードは、比較優位の理論を提唱して自由貿易の促進が経済成長に資すると説いた。その理論に基づいて、世界経済は成長してきた。これから、わが国はより多くの国・地域を巻き込んだFTAおよびEPAを目指すべきだ。

足元の世界経済の状況を考えると、米国のトランプ政権は対中制裁関税などを発動した。それに伴い、世界のサプライチェーンは混乱し、貿易量は減少した。一方、昨年11月の米大統領選挙で国際協調を重視する民主党のジョー・バイデン氏が当選を確実とした。そのタイミングでのRCEP署名は、今後の米国の通商政策に無視できない影響を与えるだろう。バイデン氏はインド太平洋地域の安定を重視し、アジア政策を強化すると見られる。バイデン氏は制裁関税とは異なる方策(人権問題や知的財産と技術の保護強化など)によって、対中強硬姿勢を強めるとみられる。安全保障や経済運営面で、米国にとってのアジア地域の重要性は高まる。バイデン氏がTPP復帰に言及していない中、中国の習主席はTPPへ積極的に参加する旨の発言を行っている。それは、存在感を高めつつある中国の発言権を一層高める要素になるだろう。足元の中国は、米中対立に加えて、インド、台湾、オーストラリア、EUなどとの関係の冷え込みに直面し、国際社会から孤立しつつある。中国は関税引き下げを受け入れることでRCEP参加国に譲歩し、孤立を食い止めることを狙っているとみられる。

わが国はTPP11、日米貿易協定、日・EU、日印のEPA、RCEPなどを通して、各国と国際貿易体制の強化に取り組むことが必要だ。RCEPが署名された今、自由貿易推進の旗手としての日本の役割への期待は高まっていると考えるべきだ。今後、わが国に最も求められるのは、アジア新興国との連携強化だ。公衆衛生や環境、安全な上水道の整備などのインフラ整備支援などを迅速に実行し、アジア新興国の信頼を獲得すべきだ。

インドとの関係強化も重要だ。経済成長の限界を迎え労働コストが上昇する中国から、インドなどに生産拠点を移す各国企業は増えており、世界経済のダイナミズムの源泉としてアジア新興国地域の重要性は一段と高まっている。わが国がアジア新興国との関係を強化することは、わが国と欧州各国との関係強化に不可欠だ。日本は、より高次元の経済連携を目指すべきで、政府は国内企業の強化・向上をより積極的にサポートし、アジア新興国や米中から必要とされる存在になればよい。政府がRCEP署名成立をアジア新興国向けの経済外交の推進に生かすことを期待したい。

まかべ・あきお 1953年神奈川県生まれ。76年、一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。83年7月ロンドン大学経営学部大学院卒業。メリルリンチ社ニューヨーク本社出向などの後、市場営業部、資金証券部を経て、第一勧銀総合研究所金融市場調査部長。現在、法政大学大学院教授。日商総合政策委員会委員。『はじめての金融工学』(講談社現代新書)など著書多数。

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