「この技を自分の得意技と決めたら、とことん極めろ。小細工をせず王道を行け」とは、七段の心技体を持つ剣士、辻田浩之さんが日ごろ門下生に教えている精神であり、道を示す言葉だ。主宰する道場で、子どもたちに稽古をつける辻田さんの前職は高校の英語教師。稽古後は英語、数学、国語、漢字などを指導し、子どもたちに文武両道の道を教えている。
辻田さんには人生を懸けて追求するもう一つの道がある。大阪府堺市で1902年から続く和風香辛料製造販売店「やまつ辻田」の4代目としての道である。
鷹の爪に恋する理由
唐辛子や山椒(さんしょう)、柚子(ゆず)やごまなど、日本の風土と食文化が生んだ和風香辛料は料理の味を高め、風味を引き立てるばかりでなく、毒消しや体を温める効果、食欲増進、消化吸収促進といった多くの効用がある。辻田さんはその魅力を「心と体を豊かにする魔法の粉」と表現する。
代表的な原料の一つが「鷹の爪」だ。しかし、鷹の爪として売られるもののほぼ全てが、安価な外国産であることは知られていない。
鷹の爪とは、何百とある唐辛子の一品種のみを指し、その香りと辛さは群を抜く。江戸時代の医者・学者の平賀源内が自著で「食するにはこれを第一とすべし」と激賞するほどの品種だが、いまや絶滅の瀬戸際にある。
やまつ辻田のある堺には昭和30年代まで、秋には一帯が真っ赤に染まるほど鷹の爪の栽培農家があった。しかし、熟す時期が不ぞろいな上に、上向きに一つずつなる実の小ぶりさゆえ、摘み取りに手間が掛かる。外国産に価格で太刀打ちできず、多くの生産者が栽培をやめていった。古来、日本人が愛してきた味が経済効率性の名の下に消えていこうとしていた。
「ここで諦めては日本から鷹の爪が消えてしまう」と、辻田さんは日本各地の農家に鷹の爪の種を託し、採れた実を全て買い取ることで純粋種を守り続けている。
「売り上げは微々たるものだし、利益も少ない。しかし、鷹の爪を守ることは自分の使命と言っても過言ではありません。これを守り伝えていくことは、日本の食文化を守ることであり、自分のアイデンティティーであり、魂やと思うてます。まあ、ひと言で言うたら、鷹の爪に恋してるんやね(笑)」
一期一会に注ぐ誠
素材の追求は鷹の爪ばかりではない。それは複数の材料から成る七味唐辛子で顕著だ。
「メインの食材ではないし、原材料に何が使われているかが見えにくい製品です。しかし、大切なのは『自分の子どもに食べさせられるのか』という感性。だから、私は全ての原材料において、生産者の顔が見える安全で、信頼できる最高のものを選定しています」
辻田さんはそれら厳選した素材を創業以来の石臼製法で丁寧にひく。機械で大量に短時間でひくのとは異なり、熱を持たないので原料の豊かな香りを損なわず、口当たり良く仕上げるためである。
味の真価を伝える手段であり、やまつ辻田の名を全国に広めたのが百貨店での実演販売だ。その数、一年で12カ所、約100日に及ぶ。
辻田さんはどんなときも、そこで出会う全てのお客さま一人一人に好みや食生活を聞いた上で調合して販売する。誠実な人柄と商品に引かれ、リピーター客が全国にいることは意外なことではない。
「僕は小学生のころから剣道を続けており、剣すなわち人であるという思いを大切にされるお師匠さまに付いています。その一振りが、その人そのものだとご指導いただきました。ずるい技を出したり、横へ外したりしたら、そんな人間やと思われます。商売もそう。お客さまを目の前にしたら、その一回の調合に思いを込め、誠実に真摯(しんし)に向き合いたいと思っています」
「剣の道とは人の道であり、商人道もまた同じだ」と辻田さん。剣の一振り一振りに通じる、人との一期一会に注がれる誠の人柄こそ、辻田浩之という商人の最高の売りものなのである。
(商い未来研究所・笹井清範)
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