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あの人を訪ねたい 高川 裕也

「自分の声で、何をどこまでブレずにできるか、新しいメディアにも挑戦して可能性を広げていきたい」

木曜夜のテレビ東京系経済番組「カンブリア宮殿」が今年4月に放送15周年を迎えた。この長寿番組のナレーションを、スタート時から務めているのが、俳優の高川裕也さんだ。俳優業の傍ら始めたナレーター業だが、耳に染み入るキレのあるハスキーボイスで多くの人の心をつかみ、〝声の人〟としての活動域は多彩で広く、深い。

芝居経験はゼロでも「役者になりたい!」

「声」は一つの個性だ。努力で音域を広げることはできても、声質はその人特有の色を帯びる。そんな声を最大限に生かし、人々を魅了する職業の一つにナレーションがある。

「今でこそバラエティー番組にもナレーターがいることは珍しくありませんが、僕が始めた当初は、CMナレーションをアナウンサーが担当するのが主流の時代でした。それでも時折、情感を込めたナレーションに俳優が起用されることがあったので、ボイスサンプルを用意していたのがきっかけです」

高川裕也さんは「カンブリア宮殿」でおなじみの〝あの声〟で穏やかに話し始めた。ドラマや舞台、映画を数多くこなし、時代劇の出演数も多い。「悪役ばかりです」と苦笑し、お願いすれば眼光鋭いこわもての表情をしてくれるものの、普段は朗らかな空気感にまとわれている。

「役者になりたくて上京した」と言うが、22歳で「無名塾」に入るまで芝居経験はゼロ。観劇したこともなければ、シェイクスピアの『ハムレット』さえ読んだことがなかったという驚きの事実を、さらりと打ち明けてくれた。

そんな高川さんを俳優に育て上げたのが、俳優の仲代達矢さんと宮崎恭子さんのご夫妻が立ち上げた若手俳優育成のための「無名塾」だ。学生時代の恩師に勧められるがままに門をたたいたという。

「今はどうか分かりませんが、当時は無料でほぼ住み込みのような状態。芝居、演技についてイチからたたき込まれました。稽古の厳しさに一週間で音を上げた人もいましたが、3年は続けようと毎日必死でした。自分も舞台に立ちたい。役者になりたい、の一心でしたね」

そして俳優として名をはせた高川さんが、今でも忘れられないというのが主宰の仲代さんと親子役を演じた2000年上演の『セールスマンの死』だ。劇作家、アーサー・ミラーの傑作で、父と息子の確執もストーリーの重要なテーマとしてあり、仲代さんとの〝からみ〟も多い。

「20年以上たった今も鮮明に残る体験です。仲代達矢という俳優の深み、存在感、舞台の全てを包み込む大きさ……など吸い込まれるような体験でした」

仲代さんへの尊敬の念は強く、「無名塾」時代の話になると自然と熱が入る。

「カンブリア宮殿」で磨いたナレーションの技量

今では俳優としてだけではなくナレーターとしても活躍している高川さんだが、俳優とナレーターは近くて遠い職業のような気がする。二足のワラジをどう履きこなしているのだろうか。そこに高川さん独自の答えがあった。

「舞台は一番後ろの席のお客さまにも届くように声を張りますが、漫然と大声を出しているのではなく、実は要所要所でレーザービームのように狙い撃ちしているんです。そうすることでお客さまの心に深くセリフが届きます。声量こそ違いますが、ナレーションでもこのレーザービームはよく使います」

2006年、「カンブリア宮殿」のナレーションのオファーが来た時は、CMナレーションはいくつもこなしてきたものの、テレビ番組のナレーションは1回しか経験したことがなかったという高川さん。そのため、あえて抑揚のない素朴な語り口で視聴者が想像できる余白を残す、いわば〝安全パイ〟路線で挑んでいたという。だが、番組で紹介する経営者や企業の血のにじむような努力を経ての栄光の数々を紹介する中で、自身もまた「自分の声」と真摯(しんし)に向き合い探究するようになっていった。

「ラジオパーソナリティーも声だけでリスナーを引き付け、時に圧倒させますよね。それに俳優でナレーターの草分けともいえる緒方拳さんの声には、貫禄と深みと説得力があります。自分の声で何をどこまでできるか考えて、声だけの仕事ではなく、声だからこそできる仕事として向き合いました」

視聴者を引き込む、程よい親近感と抑揚、トーンとテンポなどさまざまな試行錯誤や改良、改善があって今がある。前述のレーザービームもまたそうした過程の中で生まれた手法の一つだ。

「『カンブリア宮殿』は、ナレーターとして育ててもらった番組です。経済番組ということもあって、高度経済成長やバブル期のこともよくVTRで流れるのですが、その当時、あなたはどうしていましたか? と投げ掛け、思い返してもらえるように話しています。視聴者の人たちと一緒にワクワクしながら探検するような気持ちで、毎回臨んでいます」

日本の企業を元気にする〝声〟を究めていきたい

昨春からのコロナ禍で出演予定だった作品が中止や延期になる中、ナレーター業が活動の大半を占めるようになったという高川さん。だがナレーター業に完全に振り切るのではなく、俳優業も続投中だ。

「今はインプットの時期と割り切って、オンラインで脚本の勉強会を開いたり、ボイスサンプルをつくったりとできることをしています」と前向きだ。一方のナレーター業も新しいメディア、ジャンルにも挑戦していきたいと、さらに一歩踏み込んで活動域を広げようとしている。

その一つに、高川さんが所属するナレーター専門の芸能事務所ベルベットオフィスが今年2月に立ち上げた、ナレーターブランド「Voice Diamond」がある。これはWeb媒体をはじめとした多様化するメディアのナレーション業を請け負うブランドで、登録するナレーターに高川さんも名を連ねる。このブランドの最大の特徴は、料金体系や依頼から納品までの流れが明確で、中小企業でも依頼しやすい仕組みが整っていること。日本商工会議所でも「パートナーシップ構築宣言」のプロモーションビデオ(PV)の制作時に、ナレーションを高川さんに担当していただいた経緯がある。

「企業のPR動画や研修用動画のナレーションの依頼をよくいただきます。企業の信頼や安心、地道な経営努力を伝える内容で僕を指名してくださることが多いようです。Voice Diamondの公式ホームページでは、僕も含めて登録しているナレーターのボイスサンプルを聞けるようになっています。それぞれのナレーターにキャッチコピーがついているのですが、僕の場合は自分で言うのも照れますが、『日本の企業を元気にする声』。そうなるためにも、もっと滑舌を良くしていきたいですね」

聞きほれるほどのロートーンボイスでそう語り、目を細めて朗らかに笑った。

「パートナーシップ構築宣言」PV https://m.youtube.com/watch?v=tMh3QCAzGUU&feature=youtu.be

「Voice Diamond」HPのボイスサンプル https://voicediamond.jp/takagawa-yuuya/

高川 裕也(たかがわ・ゆうや)

【ナレーター・俳優】

1962年生まれ。三重県出身。84年に俳優の仲代達矢さん主宰の「無名塾」に入塾。90年にNHK連続テレビ小説「凛凛と」で本格的にドラマデビューし、以後ドラマ出演多数。2001年に無名塾を脱退後、国内外の演出家のワークショップに参加。04年「Nipponm Jumpers」ではオフオフ・ブロードウェイ公演に出演し、好評を博す。1996年よりCMナレーションに挑戦し、2006年からテレビ東京系のテレビ番組「カンブリア宮殿」のナレーションを務め、ナレーターとしても幅広く活躍している

写真・後藤さくら

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